来るぞ来るぞといわれて久しい、炭化ケイ素(SiC)のパワーデバイスがついに離陸のときを迎えつつある。節目となるのは2025年だ。
「現在、SiCパワーデバイスの引き合いが多数寄せられている。2025年度までの案件金額は累計8400億円に上る」(ローム 常務執行役員の伊野和英氏)、「年率80~100%の割合でSiCパワーデバイスの売上高が伸びており、2025年には10億ドルを突破しそうだ」(インフィニオン テクノロジーズ ジャパン インダストリアルパワーコントロール事業本部長の加藤毅氏)
各社がうれしい悲鳴を上げるのは、一部の先駆的アプリケーションのみしか搭載されてこなかったSiCパワーデバイスが、2025年を境に多くの電気自動車(EV)に浸透するからだ(図1)。特に、駆動用モーターを制御するインバーターでの採用が本格化する。こうした需要を見越して、パワー半導体メーカーは投資に次ぐ投資を重ね、自動車メーカーとの契約交渉に奔走している。
需給関係が2025年にマッチ
2025年ごろにSiCのインバーター搭載が本格化する理由は、パワー半導体メーカー側の供給体制と、自動車メーカー側の需要がうまくかみ合う時期だからだ。伊仏合弁STMicroelectronics(STマイクロエレクトロニクス)やドイツInfineon Technologies(インフィニオンテクノロジーズ)、ロームはいずれも2020年代前半に大規模なSiCの工場を新設し、供給体制が整う(図2)。
一方、自動車メーカーはEVにシフトする中で、航続距離の壁に突き当たっている。トヨタ自動車の技術者は、「市場が求めるEVの航続距離を実現するには、シリコン(Si)だけでは到底不可能」と語る。実際、EV駆動用インバーターのパワー半導体をSiからSiCに置き換えることで、航続距離を約10%も伸ばせるとデンソーやロームは試算している。
2025年ごろにEVの新車種の投入計画を発表する自動車メーカーは多い。自動車メーカーとパワー半導体メーカーの需給関係がマッチしたことで、2025年に本格普及が始まるわけだ。
8インチウエハーも登場間近
当然、量産が進めば低コスト化に一定の道筋がついてくる。現在までインバーターでのSiCの実用例は、米Tesla(テスラ)「Model 3」などごくわずかなのも事実で、前述のトヨタ自動車の技術者も「一円数十銭単位でコスト計算している自動車業界において、現状SiCはハードルが高い」と語る。電子部品の販売代理店の米Avnet(アヴネット)によれば、現在のSiCウエハーのコストはSiの約4~5倍もする。
だが、需要が出てきたことで、パワー半導体各社は低コスト化に向けた技術開発に精力的となった(図3)。代表的なのが、ウエハーの大口径化だ。現在のSiCウエハーの最大サイズは6インチ(約150mm)だが、8インチ(約200mm)化の技術開発を完了したメーカーも出現し、市場投入が間近となってきた。ちなみに、Siウエハーの主流は8インチか12インチ(約300mm)である。
IC(集積回路)と同様に、ウエハー口径を大きくすれば、1ウエハーから取り出せるチップ数が多くなり、製造コストの低減が見込める。歩留まり率を向上することもできる。供給量が多くなるタイミングで各社は8インチに切り替えていき、コストメリットを出す。
8インチウエハーで一番乗りになりそうなのが、現在SiCウエハーの世界シェア60%を占める米Wolfspeed(ウルフスピード)だ(図4)。同社は2022年4月、8インチのSiCウエハーの新工場を、ニューヨーク州モホークバレーに開設した。同社CTOのJohn Palmour氏は、「現在は生産の認定プロセスを進めている段階」といい、同年中に本格量産して顧客への供給を始める予定という。
他社ではインフィニオンテクノロジーズやSTマイクロエレクトロニクス、ロームなども実用化時期を明示している。ロームの場合は、2022年12月に稼働予定の福岡県筑後市の前工程の新工場で、製造設備の一部を8インチに対応させた。当面はその設備を使って6インチで生産するが、2024~2025年ごろに切り替える予定だ。
大口径化以外の低コスト化技術も開発されている。例えば、インフィニオンテクノロジーズは、基板メーカーから調達したSiCブール†1つで4枚のウエハーを製造する技術を開発中だ。ブールを凍らせてレーザーで4枚に切断する。実現すれば、基板1枚当たりの材料費が4分の1となる。現在は1ブールからウエハー2枚を製造できることを試作で確認している。