世界シェア40%(2021年、金額ベース)。現在、炭化ケイ素(SiC)パワーデバイスで圧倒的な立場にいるのが、伊仏合弁STMicroelectronics(STマイクロエレクトロニクス)だ。同社の躍進のきっかけは、2017年に出荷を開始した米Tesla(テスラ)の電気自動車(EV)「Model 3」の駆動モーター用インバーターに同社製のSiCパワーデバイスが搭載されたことだ(図1)。Model 3および内部構造がほぼ同じの兄弟車「Model Y」は、2022年第2四半期までに累計230万台以上を出荷するヒットとなっている。
Model 3のインバーターには、1ユニット当たり24個、4WDの場合は2ユニットあるので48個のSiC MOSFETおよびSiC SBD(ショットキーバリアーダイオード)が搭載される。さらに、車載充電器にも12個のSiC MOSFET、12個のSiC SBDを搭載する。この結果として、圧倒的なシェアを獲得するに至ったのだ。
旺盛な需要に応えるべく、生産キャパシティーを急ピッチで増やす。2020年時点ではイタリア・カターニャの1拠点生産だったが、2021年後半にシンガポール・アンモキョで生産を開始。2拠点体制に改め、2.5倍の生産キャパシティーを確保した。現在はカターニャの工場に8インチウエハーの生産棟を建設中で、2023年に8インチでの量産を開始する。
同社の2021年のSiC売上高は約5億米ドル。同社のAutomotive&Discrete Group(車載用IC 、パワー半導体など)全体の売上高が約43億米ドルであることから、SiCは既に10%以上を占める重要分野となっている。2022年にはSiC売上高7億米ドルを見込み、その比重がさらに増えるとみられる。2023年には売上高10億米ドルを達成する計画だ。
顧客接点が強みのインフィニオン
先頭を走るSTに追いつき、追い越すために、他社も投資に余念がない。テスラ以外の自動車メーカーでも2025年に向けて、SiC採用がインバーターで広がる。こうした自動車メーカーとの取引次第で、シェアが大きく変動する可能性がある。中でも、注目されるのが、2位〜5位までのSiCメーカーだ(表1)。
現在のシェア2位はドイツInfineon Technologies(インフィニオンテクノロジーズ)だ。同社は現在主流のシリコン(Si)のパワーデバイス、すなわちSi IGBTのシェアトップで、EV用インバーター向け汎用(はんよう)モジュール「HybridPACK」が大ヒットを記録している。ドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン)の「ID.3」をはじめ、20種類以上の車種(プラットホーム)に採用され、累計100万個を出荷したとする。
Siが順調な分、同社はこれまでSiCの置き換えを急いでこなかった。ところが2021年になってSiCの売上高が前年比約2倍と飛躍的に伸び、STマイクロエレクトロニクスへの猛追を開始した。きっかけは、2021年5月に製品化を発表した1200V耐圧の車載向けフルSiCモジュール「HybridPACK Drive CoolSiC」だ。
このモジュールは、同社初のフルSiCモジュールだ。既に韓国Hyundai Motor Group(現代自動車グループ)の電動車専用プラットホーム「E-GMP(Electric-Global Modular Platform)」のインバーターへの採用が公表されている(図2)。E-GMPは現代自動車が2021年に発売した「IONIQ 5」の他、グループの韓国Kia Motors(起亜自動車)のEVでも採用される予定だ。E-GMPのインバーターはドイツVitesco Technologies(ヴィテスコ・テクノロジーズ)製である。
インフィニオンテクノロジーズは今後、自動車メーカーとの既存の顧客接点を生かし、一部はSiCへの置き換えを進めていく。「自動車メーカーと長い信頼関係があり、弊社のキャパシティー(製造能力)に魅力を感じた顧客は多い。SiCにおいても付き合うべき相手と思ってもらえているだろう」(インフィニオンテクノロジーズ ジャパン インダストリアルパワーコントロール事業本部長の加藤毅氏)。2021年はSiC売上高のうち車載用は約3分の1にとどまったが、2025年ごろには車載用と産業用を半々にする計画だ。
マレーシア・クリムの工場にSiCと窒化ガリウム(GaN)の新棟を建設中で、この設備投資は20億ユーロ(約2800億円)に上るという。8インチ化を2025年ごろに開始し、キャパシティーを増大する。