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 さまざまな産業で電化が進み、パワーエレクトロニクスへの期待が高まっている中、豊田合成は「GaN(窒化ガリウム)」に挑んでいる。狙うのは、電動化の加速をにらんだモビリティーやエネルギーソリューションへの貢献だ。GaNは、現行のSi(シリコン)、そして今まさに普及期を迎えているSiC(シリコンカーバイド)を上回るポテンシャルを持つ。条件が整えば、将来の車載パワー半導体の筆頭に名乗りを上げそうだ。

 同社がGaNの研究に取り組み始めたのは、1980年代にさかのぼる。実現困難とされてきた青色発光ダイオード(LED)の発光源として有力視し、後にノーベル物理学賞を受賞する名古屋大学(当時)の赤﨑勇氏や天野浩氏らと共同研究を重ねた。青色の発光を初めて確認した場所も、豊田合成の研究室だったという。照明用のLEDがコモディティー化する中、パワー半導体で再び GaNの最先端を目指す。

 同社はこのほど、単結晶の製造が困難とされるGaNで、6インチという大型基板を作製することに成功した。大阪大学大学院 工学研究科 教授の森勇介氏の研究室などと共同開発した。高品質で、安価なGaN基板を作製するエコシステムのきっかけになりそうだ。まだ基礎研究レベルの成果ではあるが、「今回の開発によって、GaNのサクセスストーリーが見えてきた」(同社 取締役・執行役員 カーボンニュートラル・環境推進部 担当本部長、開発本部 技術渉外担当の石川卓氏)と自信をみせる。同社では基板と並行してGaNデバイスの開発も進めており、将来的にはデバイスで市場を狙う。

 同社が開発している基板は既に実用化済みのGaNデバイスに向けたものではない。GaNパワーデバイスには、「横型(GaN on Si)」と「縦型(GaN on GaN)」の2種類があり、現在普及しているデバイスは横型だ。横型は素子表面のみに電流が流れる構造のため、電流の通り道が狭く、基本的に大きな電力を扱えない。一方、豊田合成が開発するのは縦型タイプ。こちらは素子全体に電流が流れるため、大電力を扱え、幅広い機器に汎用的に用いることができる(図1)。

図1 豊田合成が狙うのはGaN on GaN
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図1 豊田合成が狙うのはGaN on GaN
材料ごとのパワー半導体の大まかな性能分布。豊田合成が開発するのはGaN基板上にGaNデバイスをつくる縦型(GaN on GaN)である。大電力を扱いながら、高周波駆動が可能であるため、大電力かつ小型のインバーターを実現できる。現在実用化されているGaNデバイスは、Si基板上にGaNデバイスをつくる横型(GaN on Si)であるため、流せる電流や耐えられる電圧に限界がある(出所:日経クロステック)

 豊田合成をはじめ、縦型GaNに関連した基礎研究に取り組む企業は多い。多くの企業がGaNに着目する理由の1つは、GaNがSiやSiCよりもパワー半導体として優れた特性を持つからである。

 パワー半導体は、実用化が始まった当初はゲルマニウム(Ge)が用いられ、その後、高性能なSiに置き換わった。ところが近年、カーボンニュートラルに伴う電化によって、パワー半導体の用途が急激に増え、「電力損失を減らしたい」「システムを小型化したい」という需要が高まっている。こうした需要に、Siでは十分にこたえることができない。

 例えばEV用インバーターがそうだ。EVの航続距離を伸ばすには、車載電池にためた電力を最小限のロスでモーターに供給しなくてはならず、インバーターの電力損失を減らしたい。そこで、パワー半導体を高性能化が望まれている。

 ところが、パワー半導体の電力損失は材料の物性に依存しやすく、Siのままでは改善に限度があり、新材料が要る。そこで注目が集まっているのが、GaNとSiCである。

GaNは物性値でSiC超え

 GaNもSiCも、物性でSiを凌駕(りょうが)しているが、その2つのうち単に物性だけをみればGaNのほうがたけている(図2)。パワー半導体材料の重要指標である「耐圧(絶縁破壊電圧)」と「周波数(飽和電子速度)」のいずれもSiCを上回っているためだ。

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図2 GaNとSiCで既存パワー半導体の限界突破
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図2 GaNとSiCで既存パワー半導体の限界突破
SiとSiC、GaNの各種物性の比較と、スイッチング損失の模式図。高耐圧かつ高周波のGaNは損失を低減できる(出所:上は日経クロステック、下は豊田合成の資料を基に日経クロステックが作成)

 同じ材料ならば、より薄いほうが抵抗(オン抵抗)を低くすることができ、デバイスの電力損失を抑えられる。ただし、材料を薄くすると耐圧が低下してしまうので、GaNのような耐圧性にたけた材料が要る。

 電圧のオンオフに伴う「スイッチング損失」も大きな電力損失の要因だが、GaNはSiに比べて非常に小さい。高周波で動作させられれば、周辺のコイルやコンデンサーといった受動部品を小型化できるので、システム(例えばインバーター)を小さく、軽くできる。

 実用化の進捗(しんちょく)は、SiCとGaNで差がある。SiCは、米Teslaの「Model 3」などで一足先に車載インバーターで実用化され、まもなく本格普及を迎える。一方のGaNは、前述の通り横型しかないため、大電力を扱えないが、その高周波動作性を活用し、小型化が求められるACアダプターや、高速のレーザー駆動が求められるLiDARで徐々に使われ始めている段階。高出力であり本命の縦型は、まだ基礎研究をしているところだ。

 GaNがSiCの後塵(こうじん)を拝しているのは、基板の作製、すなわち高品質なGaN単結晶の製造が難しいことが一因である。「転位」と呼ばれる結晶内の欠陥の密度は104~107/cm2と、SiやSiCより100倍以上高い。転位があると、そこから電流が漏れ出してデバイス特性を悪化させてしまう。

 GaNは青色LEDの材料として有名だが、実はこちらはパワー半導体ほどの高品質な(転位が少ない)結晶は必要ない。デバイス内の電流密度が低いためである。InGaNを活性層材料として使うことで実用化できた。ちなみに横型GaNは、GaN基板を使わずSiやサファイアの基板上にGaNデバイスを構築しているため、実用化が早かった(図3)。一方で縦型GaNは、材料に均一に大電流を流すので、要求される基板の品質が高く、コストも高くなる。

図3 縦型には高品質なGaN結晶の基板が必要
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図3 縦型には高品質なGaN結晶の基板が必要
GaNデバイスの縦型と横型の比較(出所:日経クロステック)