塩分の取り過ぎは健康状態の悪化を招きやすい。しかし、慣れた味や食習慣を変えるのは簡単ではなく、これまでは塩分を控えた食事(減塩食)のおいしさに対しては少なからず「我慢」が必要だった。減塩食でも満足できるおいしさを得られないものか――。キリンホールディングスが塩味の感じ方に関する新しい研究に取り組んでいる。
同社が手掛ける研究は「電気味覚」と呼ばれる技術だ。2022年4月、明治大学と共同で減塩食の味わいを増強させる技術を開発したと発表した。微弱な電気を流す箸型デバイスを用いて、塩味の感じ方を変える。(図1)。減塩食を模したサンプルを用いて検証した結果、感じる塩味が約1.5倍になったという。
陰極と陽極に切り替え、2つの作用で塩味を増幅
箸型デバイスは導電性があり、後端が電源装置の電極に接続してある。電源装置のもう片方の電極は腕に装着して皮膚に接触させてある。箸型デバイスを使って食品を口に運ぶと電気回路が形成され、微弱な電気が流れる仕組みだ。
塩味が増強したように感じさせるため、2つの作用を組み合わせている。1つは、食品に含まれるナトリウムイオン(Na+)の動きを制御して感じ方を変える作用。もう1つは電気で直接舌の味細胞に刺激を与え、塩味に近い味として感じさせるものだ。
ナトリウムイオンの動きを制御すると塩味が増強するのは、次のような理由だと考えられている。塩分を構成するナトリウムイオンは口内に分散して存在しており、その一部が舌に接触して塩味を感じる。減塩食ではナトリウムイオンが少なく、舌に接触する確率も低い。
そこで、箸型デバイスが陰極となるように電気を流す。すると、箸型デバイスにナトリウムイオン(陽イオン)が引き寄せられる。その後、電流の方向を反転させて箸型デバイスが陽極となるようにすると、ナトリウムイオンは箸型デバイスから離れていく。この際、ナトリウムイオンが舌に接触する確率が高まり、塩味が増幅されたように感じるという(図2)。これは「陰極刺激」と呼ばれる。
一方、舌の味細胞に電気で直接刺激を与える作用は「陽極刺激」と呼ばれる。箸型デバイスが陽極となるように電気を流すことで生じる。舌に電気を流すと味を感じる現象は250年以上前から知られており、その現象を応用して味覚の機能を調べる検査が実用化された。味覚障害などの診断に利用されている。その後、フォークなどの食器を電極として電気を流すことで、味の増強を目指すコンセプトが2010年代に発表され、様々な研究が取り組まれてきた。
今回キリンホールディングスと明治大学は、こうした2つの作用を組み合わせて塩味を増強させる電気刺激波形を設計した(図3)。陰極および陽極となる際の最大電流は0.5mA。陰極時は0.5秒ほど最大電流を保ち、その後、0.4秒で陽極の最大値へと切り替えていく。