「思っていたよりシンプルですね。既存技術の集合体という感じです」――。分解に立ち会ったアンテナに詳しい技術者は、アンテナ基板と素子を見ながら感想を口にした。
米スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(スペースX)が提供する衛星ブロードバンドインターネット「Starlink」。日本国内では2022年10月からKDDI(au)がサービスを提供している。このStarlink用の衛星通信アンテナを分解してみると、構造はシンプルながらもカスタム品と思われるICが多く使われていた。
一般向けに提供されているStarlink用の衛星通信アンテナには、新旧で2種類の形状がある。直径が約600mm弱の円盤状のものが旧型で、縦303mm×横513mmの長方形のものが新型である。今回分解したのは新型のアンテナだ(図1)。
基板とアンテナ、レドームで計6層構造
Starlink用アンテナのきょう体は屋外で使うためだろう、隙間なく接合されていて、中身を取り出すには大型のカッターなどで周囲を切断する必要があった。側面のフチの部分を切り開くと、メイン基板とアンテナ素子が一体になった天面と、アンテナの向きを変えるためのモーターを内蔵したきょう体とに分割できた(図2)。
天面部分の一部を剥がしてみると、灰色の樹脂製のレドーム(アンテナを覆うカバー)と、フィルム状のアンテナ素子が姿を見せた(図3)。レドームの内面は、アンテナ素子ごとに六角形の枠で仕切られたハニカム構造になっている(図4)。
レドームの下には、フィルムや樹脂製のシート4枚から成るアンテナ部分がある(図5)。Starlinkのアンテナは多数のパッチアンテナが並ぶ、フェーズドアレーアンテナで、アンテナ素子は27列にわたって並べられていた。1列当たりのアンテナ素子は34~38個で、総数は1016個だった。フェーズドアレーアンテナが必要なのはStarlinkは高度550kmの上空を回る衛星と通信をするためだ。この衛星は衛星放送の衛星のように地上から見て静止しておらず、絶えず動くため、通信中の衛星に向けて絶えず、感度が高まるように制御しなければならない。
アンテナ部分は、レドームからアンテナの下にあるメイン基板までを、90本以上の樹脂製のピンでしっかりと固定していた。これはアンテナ素子がズレないようにするためだ。「厚みの違いでアンテナ特性が変わるし、位置がズレたら性能が落ちてしまう。アセンブリーが非常に大変だろう」(アンテナに詳しい技術者)。
アンテナを構成する4枚のシートは、上から順に、(1)四方に切れ込みのある円状の金属パターンがプリントされた透明のフィルム、(2)レドーム同様に六角形に切り抜かれた枠が並んだ乳白色の樹脂製シート、(3)円状の金属パターンがプリントされた透明のフィルム、(4)3枚目の円状のアンテナ素子を6個の円状の穴が囲むようにくりぬかれた白色の樹脂製シート、というように重ねられている(図6)。
樹脂製シートはそれぞれスペーサー(キャビティー)の役割を果たす。金属パターンがプリントされたものはパッチアンテナだ。2枚のうち一方が送信側、もう一方が受信側のパッチアンテナである。このアンテナには、メイン基板内に隠れたフィード線からスロット結合給電によって給電される。「アンテナとの間に空気の層を用いる場合、基板などの誘電体を間に入れるのに比べて損失を大きく減らすことができ、消費電力も半分ぐらいに抑えることができる」(アンテナに詳しい技術者)。
4枚のシートをめくると緑色のメイン基板が見えてくる。メイン基板の大きさは、縦が約288mm×横が約500mmで、アンテナきょう体の大きさとほぼ同じである。
メイン基板のアンテナ側の面(A面)には実装部品がなく、アンテナへの給電用のソリッドパターンがあるだけだった(図7)。ソリッドパターンは短辺と平行なものと、長辺と平行なものがあったが、水平・垂直偏波用のものとみられる。制御ICなどの主要部品はすべてモーター側の面(B面)に実装されていた。