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 メタバース本格普及時代に向け、そのキーデバイスとみられているのが、ヘッドマウントディスプレー(HMD)だ。HMDは、パソコンやスマートフォンとは異なり、顔に密着させて利用する。そのため、装着時の不快感をどう取り除くかが重要だ。本コラムでは、今回、HMDの温度に着目してその分布を調べてみた。ポイントは、人に触れる付近には熱を感じさせず、人と触れない場所でどれだけ効率よく熱を逃がすかである。

 今回、調査対象としたのは、VR(Virtual Reality)用HMDである、米Meta Platforms(メタプラットフォームズ、以下Meta)が2022年10月に発売したVR用HMD「Meta Quest Pro」、同社が2020年に発売した「Meta Quest 2(旧Oculus Quest 2)」、動画投稿サービス「TikTok」などを運営する中国ByteDance(バイトダンス、字節跳動)傘下のPico Technology(ピコ・テクノロジー、北京小鳥看看科技)が2022年10月に発売した「PICO 4」の3機種である(図1)。

 このうち、Quest Proは、Metaが力を入れて開発した22万6800円(税込み)もするハイエンド機だ。一方、Quest 2とPICO 4は価格が5万円前後であり、この価格の違いがどの程度設計の違いに表れているのか気になるところだ注)

注)Quest 2の価格は、発売当初は3万7100円からだったが、2022年8月に5万9400円からに値上げされた。
図1 今回観察した3台のVR用HMDの外観
図1 今回観察した3台のVR用HMDの外観
写真左から順に、PICO 4、Meta Quest Pro、Meta Quest 2(写真:日経クロステック)
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 3台のHMDは、どれもパソコンなどの外部機器に接続する必要がなく単体で動作するスタンドアローン型である。搭載するプロセッサーは、Quest Proが米Qualcomm(クアルコム)の最新シリーズをカスタムして性能を向上させた「Snapdragon XR2+」、残る2機種が同社の「Snapdragon 865」をベースにしたシリーズ「Snapdragon XR2」である(表1)。Metaによれば、Quest Proは、Quest 2から処理能力が50%増加しているという。

表1 主なスタンドアローン型VR用HMDの仕様
(各社のデータを基に日経クロステックが作成)
表1 主なスタンドアローン型VR用HMDの仕様
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 22年10月に発売されたQuest ProとPICO 4の2台は、内蔵カメラの映像を用いてHMDのディスプレー越しに現実の様子を確認できるビデオシースルー(パススルー)機能を備える。Quest 2もモノクロ表示だけのパススルーには対応していたが、Quest ProとPICO 4は、どちらもフルカラーで映像を表示できるため、AR(Augmented Reality)/MR(Mixed Reality)用のHMDとしても活用できるのが特徴だ。

設計思想が異なる、ファン特化型とバランス型

 サーモグラフィーカメラで温度分布を観察する際には、3台でなるべく同じ負荷になるよう、ソーシャルVRアプリ「Rec Room」のチュートリアル用の3DCG空間を表示させたまま、HMDを充電しながら温度を計測した(図2)。なお、当日の室温は約23~24℃だった。

 ここからはサーモグラフィー画像とともに測定結果を見ていく。結論から先に言うと、前面側と接眼レンズ側の両方で、PICO 4はQuest Proよりも最高温度が高かった。Quest Proはファンと表面放熱の両方をバランス良く使っているのに対し、PICO 4はファンによる放熱の比重が高いため、排気口などにホットスポットができやすいのが、最高温度が高くなる要因の1つと言える。「放熱設計の思想が全く異なるようだ」と、熱設計の専門家であるサーマルデザインラボ(群馬県高崎市)の国峯尚樹氏は話す。なお、いずれの製品も、顔と接する部分において熱い部分と顔が離れているため、利用者が不快になるほどの熱は感じられなかった。ただ、PICO4とQuest Proはプロセッサーの負荷の高い状態で長時間利用すると、熱を感じる可能性がある。

図2 3台のHMDをサーモグラフィーカメラで撮影している様子
図2 3台のHMDをサーモグラフィーカメラで撮影している様子
奥に見える3台のHMDが、左からPICO 4、Quest Pro、Quest 2(写真:日経クロステック)
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 まず、VRアプリを起動させて数分間放置した後、3台を並べて顔に装着するのとは反対側から撮影してみる(図3)。最高温度点とHMD前面の中央部分を測定すると、中央部分の温度は35℃前後で3台とも変わらないものの、最高温度点の位置が異なっているのが分かる。最も温度が高いのがQuest 2で41.5℃、次いでPICO 4が41.1℃、最も温度が低いのがQuest Proで37.4℃だった。

図3 3台のHMDの温度分布の比較
図3 3台のHMDの温度分布の比較
画像左から、PICO 4、Quest Pro、Quest 2の温度分布(出所:サーマルデザインラボ)
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 さらに数分が経過した状態で、今度は3台のHMDを個別に撮影していく。まずQuest Proの温度分布を見ると、画像全体が真っ赤なことに驚く(図4)。色だけ見ると全体の温度が高いと勘違いしそうだが、そうではない。極端に温度の高い部分がなく、温度が平均化されているのである。熱設計の観点からはこれは良い設計だといえる。

 画像左側には白く表示されている40.1℃の高温部分が存在するものの、HMD前面外周にある排気口も含めて表面温度は均一になっていて、最高点と最低点の温度差5℃以下に抑えられている。外周の隙間にある排気口を撮影してみると、排気口の温度は42.7℃となっていた(図5)。

図4 Quest ProのHMD前面の温度分布
図4 Quest ProのHMD前面の温度分布
(出所:サーマルデザインラボ)
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図5 Quest Proの排気口の温度分布
図5 Quest Proの排気口の温度分布
(出所:サーマルデザインラボ)
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 次にQuest 2の温度分布を見ると、上部に白く表示された高温な部分があるのが分かる(図6)。Quest 2には排気口は無いが、内部循環用の冷却ファンが1つ取り付けられており、その配置場所であるHMD前面上部の温度が43.6℃と高くなっている。そのため全体に温度差が生じており、最高点と最低点の温度差は約9℃だった。

図6 Quest 2の温度分布
図6 Quest 2の温度分布
(出所:サーマルデザインラボ)
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 最後にPICO 4の温度分布は、上部が高温になっているのはQuest 2と同様である(図7)。全体が黄色に見えるが、上部の排気口部分の温度が48.2℃と非常に高いため、全体の表面温度が相対的に低く表示されているだけである。最高点と最低点の温度差は、なんと約14℃にもなっていた。

図7 PICO 4の温度分布
図7 PICO 4の温度分布
(出所:サーマルデザインラボ)
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 「ファンによる換気放熱を主体としているPICO 4に対し、Quest Proは換気放熱を抑え、表面放熱とバランスをとっている。その結果、表面温度が均一になっていてホットスポットが無いのが特徴的だ」(国峯氏)

薄くなった半面、HMD内側の温度は上昇

 装着者の顔に触れる側の、HMDの内側の温度分布についても確認してみた。

 以前にHMDの温度分布を調べた際、例えばAR/MR用HMDである米Microsoft(マイクロソフト)の「HoloLens」や米Magic Leap(マジックリープ)の「Magic Leap 1」などは、額に触れる部分の近くにメイン基板や映像プロジェクターなどの発熱源があり、装着時の不快感につながっていた。

 一方でこれまでのVR用HMDは、発熱するメイン基板などからディスプレーと接眼レンズを挟んだ位置に顔があるため、顔に触れるHMD内部は熱源から遠く、直接的に熱を感じることが無かった。

 今回の3台のHMDを比べても、装着時の体感温度に関して大きな差は無いとみられる。強いて挙げるとすれば、Quest ProはHMDの構造の違いから、比較的不快感を抱かずに使用できるだろう。VR用HMDは没入感を高めるためのクッションなどで目の周辺が密閉されるため、装着者自身の汗や熱気がこもって暑く感じるというのが不快感の要因だった。これはQuest 2とPICO 4も同様だが、Quest Proだけは顔に密着させない設計になっているからだ(図8)。

図8 3台のHMDの接眼レンズ側の様子
図8 3台のHMDの接眼レンズ側の様子
写真左から、Quest 2、Quest Pro、PICO 4。Quest Proは額に触れる部分にクッションがあるのみで、他の2機種と違って左右と下部にクッションは無い(写真:日経クロステック)
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 ただしQuest ProとPICO 4は、別の理由で熱く感じる可能性がある。これらの2機種は接眼レンズにパンケーキレンズを使用することでHMDを薄型にしたのが特徴だ。その半面、顔の位置が熱源に近くなってしまった。

 実際にHMDの内側をサーモグラフィーカメラで撮影すると、Quest 2は最高点でも約33.0℃なのに対し、Quest Proは約39.5℃、PICO 4は約42.8℃まで上がっている(図9図10図11)。発熱している領域は小さいものの、CPUを高負荷の状態で、長時間使用し続けると熱さが気になってくるかもしれない。

図9 Quest 2の接眼レンズ側の温度分布
図9 Quest 2の接眼レンズ側の温度分布
(出所:サーマルデザインラボ)
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図10 Quest Proの接眼レンズ側の温度分布
図10 Quest Proの接眼レンズ側の温度分布
(出所:サーマルデザインラボ)
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図11 PICO 4の接眼レンズ側の温度分布
図11 PICO 4の接眼レンズ側の温度分布
(出所:サーマルデザインラボ)
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 続いて、換気放熱と表面放熱の放熱量がどの程度の割合を占めているのか調べた。この時、それぞれの放熱量を合計した値と、バッテリー容量と連続稼働時間から推定される発熱量との差を比べると、意外なことが分かった。Quest Proは、放熱量の合計が推定発熱量を下回っっており、まだまだ余力を残していたのだ。