全7133文字
PR

2012年7月7日に広島県東広島市内で発生したトラックの火災事故をめぐる裁判で、大阪高裁は製造元であるいすゞ自動車の製造物責任を認め、トラックの所有者だった東和運送(大阪市)に車両や積み荷の損害など約9400万円の損害賠償金を支払うよう命じた(大阪高裁2021年4月28日判決)*1
今回は、トラックの火災が発生したメカニズムに対する大阪高裁の判断を取り上げる。
その上でこの判決が今後、トラックのエンジン出火事故をめぐる訴訟などに与える影響を考察する。

*1 東和運送の所在地は当時。現在は大阪府寝屋川市。

 まずは事故の概略についておさらいしよう。

 2012年7月7日、広島県東広島市内の山陽自動車道を走行中だったトラックのエンジンから出火。車両と積み荷が全焼した。事故後の調査の結果、直列6気筒式ディーゼルエンジンのシリンダーブロックの壁に穴が開き、開口部から流出したエンジンオイルが高温部に付着して発火したと判明した(図1)。

図1 シリンダーブロックの左側面
図1 シリンダーブロックの左側面
写真左手が前方。内部のクランクシャフトのコンロッド軸受け部がむき出しで、コンロッドが消滅しているのが分かる。(写真:佐藤国仁)
[画像のクリックで拡大表示]

 トラックの所有者だった東和運送は、「エンジンが出火したのはコンロッドの強度不足が原因だ」として、トラックの製造元であるいすゞ自動車らを相手取り、車両と積み荷の損害など1億526万3241円の損害賠償を求めて提訴。これに対していすゞ自動車は、「火災が発生したトラックの使用状況やメンテナンス状況には問題が多く、適正でなかった」と反論。真っ向から対立した。

 一審(大阪地裁2019年3月28日判決)では「原告がトラックを通常の用法に従って使用して必要な点検・整備を適切に実施していたとはいえない」と判断。その上で原告東和運送によるトラックの設計・製造上の欠陥に関する指摘を認めず、被告いすゞ自動車の損害賠償責任を否定した。

 しかし、控訴審(大阪高裁2021年4月28日判決)はこの大阪地裁判決を覆し、被告いすゞ自動車に請求金額のほぼ全額に近い約9400万円の支払いを命じた。いすゞ自動車は上告受理申し立てを申請したが、最高裁判所はこれを不受理。大阪高裁の判決が確定している。

原告は「コンロッドの強度不足」を主張

 東和運送は一審で、製造物責任法の立法趣旨などに照らせば「通常の用法に従って使用していたことを立証すれば、どこにどのような欠陥があるかを特定して、事故発生のメカニズムまで立証する責任はなく、事故が発生したトラックに欠陥があった(通常有すべき安全性を欠いていた)と推定されるべきだ。その推定を覆す使用者の誤った使用や他の原因の有無については、製造業者側に立証責任がある」と主張していた。

 ただし、仮に製造物責任に基づく推定が働かないとしても、火災が発生したトラックには「コンロッドの強度不足という設計・製造に関する欠陥および過失があった」として、以下のような理由を挙げていた(図2)。

図2 破損したコンロッド
図2 破損したコンロッド
写真手前が進行方向。左は前方から5番目のコンロッド。右は前方から6番目のコンロッド。前方から5番目のコンロッドは、この進行方向に対して右側(写真で見ると左側)ボルトがコンロッドキャップとの接合面から外側に向かって逆「く」の字に折れ、途中で破断していた。(写真:佐藤国仁)
[画像のクリックで拡大表示]

[1] 事故発生のメカニズム

 エンジンのコンロッドの強度不足によって、前方から5番目のコンロッドの進行方向に対して右側のキャップボルト(以下、ボルト)穴外壁上部に亀裂が生じ、右側のボルトが疲労破壊。その後、コンロッドキャップが開いて左側のボルトが引っ張られ破断した。

[2]コンロッドの強度不足

 コンロッドのボルト穴外壁の強度は他社製のものに比べて、ボルト穴外壁の寸法が極端に薄く、他社製のものの2分の1〜4分の1程度しかなかった。コンロッドのボルト穴は外側が薄くて内側が厚く不均衡だった。薄いところにひずみが集中し、外側が割れて亀裂が入りやすかった。

[3]亀裂の存在

 ボルトを締結すると、ボルト穴に荷重が掛かって縦に圧縮され、圧縮ひずみが生じる。それによってボルト穴外壁はその直交(横)方向に伸び、引っ張りひずみが生じる。これが繰り返されて、5番目のコンロッドの右側のボルト穴外壁上部に亀裂が入った。外壁が薄くて強度が弱いと亀裂が入りやすくなるので、亀裂の存在自体、外壁の強度不足を示す。

[4]5番目のコンロッドの右側のボルトの破断

 この亀裂によってボルト穴の周縁部の剛性が低くなり、ボルトに与えられていた初期の締め上げ力が失われた。それによってボルトの負担する割合が増え、ボルトへの荷重が増加する。この増加によって疲労破壊を起こした。右側のボルトはボルト穴に収まった直線部分のナットに近いねじの谷部分で破断。その破断面も直径が細くなっておらず、階段状になっていることからも、疲労破壊によるものと判断できる。

[5]5番目のコンロッドの左側ボルトの破断

 カップアンドコーン破断*2の引っ張り破断である。当該ボルトを引っ張り破断させるには約15tの力が必要。クランクシャフトに挟み込まれたコンロッドとコンロッドキャップを引き剥がす力を加えられる箇所はなく、何らかの部品が衝突して約15tの力を加えることはあり得ない。

*2  カップアンドコーン破断 引っ張り試験の際に、一様に伸びた後にくびれが生じ、くびれの部分に変形が集中して最終的に破断する。破断した箇所がカップ状とコーン状になるためこう呼ばれる。

 コンロッドの大端部とコンロッドキャップの接合部のボルト穴の端が変形する「ダレ」*3が5番目のコンロッドの左側にだけ存在するから、5番目のコンロッドの右側のボルトが疲労破壊して開いた状態になった。5番目のコンロッドの左側のボルトは、開いた状態になったことでその応力が他の部分より大きくなり、約15tの引っ張り力が働いてコンロッドの大端部とコンロッドキャップの接合面のボルトの曲がりの部分で引っ張り破断した。

*3 ダレ 外部からの大きな力で押しつけられたときに生じる変形。

 左側のボルトも破断して、5番目のコンロッドとコンロッドキャップが分離してコンロッドが破損。シリンダーブロックを破壊した。開いた状態になったとき、右側のボルトがコンロッドキャップから抜け出たため、残っていたボルトがクランクシャフトの円筒部に衝突して右側のボルトが「く」の字形に曲がり、クランクシャフトからの強い衝撃で左側のコンロッドキャップのボルト穴が割れたり、ボルトが曲がったりした。

[6]6番目のコンロッドの破損

 5番目のシリンダーブロックが破壊された際、6番目のシリンダーブロックも破壊され、6番目のコンロッドにオイルを送る油路が破損。破損箇所からオイルが流出し、油圧が失われたため、十分なオイルが供給されなくなり、6番目のコンロッドは焼き付けを起こして破損した。