将来、100兆円を超える巨大市場を形成するとの予測もある「空飛ぶクルマ」、つまり電動垂直離着陸(eVTOL)機の社会実装が近づいている。
その本格始動の場が、2022年7月18日に開幕1000日前を迎えた「2025年日本国際博覧会」(大阪・関西万博、4月13日~10月13日)である。大阪市の夢洲(ゆめしま)を舞台に、世界が注目する巨大イベントで未来のモビリティーの姿を見せるのが目標である(図1)。
そこで政府などが目指しているのは、eVTOLの単なるデモ飛行ではない。万博会場を中心に複数の路線で商用運航を実現することである注1)。具体的には、万博会場周辺の遊覧飛行や、ニーズが高いとみられる空港と会場を結ぶ路線などが候補になっている。「万博は空飛ぶクルマが社会実装されている姿を見せる、日本で最初のタイミングになる。どこまで実現できるかはチャレンジだが、その後の社会実装を見据えてしっかりと安全に飛ばしたい」(経済産業省製造産業局産業機械課次世代空モビリティ政策室室長補佐の伊藤貴紀氏)
海外では2024年7月26日に開幕するパリ夏季五輪での商用運航を目指す動きも見られるが、準備にかかる時間の関係などから本格的な商用運航の姿を見せられるのは大阪・関西万博が世界初になる可能性もある。「人を乗せて空を飛ぶ=危険」という印象がつきまとう新たなエアモビリティ―にとって、安全性と利便性を世に示して社会受容性を得るための重要な一歩となるのだ。
大阪・関西万博でのeVTOL商用運航の準備を進める、大阪府商工労働部成長産業振興室産業創造課産業化戦略グループは、「万博ではeVTOLを使ったビジネスモデルを真っ先に示したい」としている。実際、世界的にみても大阪府はeVTOLの社会実装で先頭集団にいる。
もちろん、大阪・関西万博はeVTOLビジネスのスタート地点にすぎない。大阪府が2022年3月に発表した「大阪版ロードマップ」などによると、2025年ごろの立ち上げ期はライセンスを取得したパイロットが操縦し、限られた路線で定期運航する。それが2030年ごろの拡大期には自動化の比率が高まってパイロットが搭乗しない遠隔操縦が導入され、2035年以降の成熟期には人間が操縦に関与しない自律飛行による高密度運航が実現する(図2)。こうなれば大本命の都市部での「エアタクシー」ビジネスが成立し、市場は一気に拡大する。
矢野経済研究所は2022年5月、eVTOLの世界市場に関する調査結果を発表した。これによると2025年はわずか146億円の市場規模だが、2030年に6兆3900億円、2035年に19兆5800億円、そして2050年には122兆8950億円に成長すると予測している。自動車産業の世界市場は現時点で400兆円規模といわれているので、この予測通りに推移すれば、将来はモビリティーの中でもeVTOLが大きな存在感を示すことになる。
2030年に7000機運航との予測も
eVTOLにこれほどまで大きな期待がかけられているのは、「電動」「垂直離着陸」「自動操縦」といった3つの特徴を持つためだ。
eVTOLのインパクトは、エンジンを動力源とする既存のヘリコプターと比較するとわかりやすい(図3)。まず、電動化することによって部品点数が大幅に減る。量産化が前提ではあるが、機体コストは安くなり、整備コストも低くなる。将来的に自動操縦が実現すればパイロットが不要になるので、運航費用も安くなる。
大きなプロペラを回して飛行するヘリコプターと異なり、複数の小さなプロペラで飛行するため、騒音が大幅に低下することも大きい。機体メーカーの米Joby Aviation(ジョビー・アビエーション)は、離着陸場から100m離れた場所での同社製機体の騒音が約55dB(デシベル)と「ヘリコプターの離陸時の1/1000以下である」(同社)としている。
また、ヘリコプターは垂直離着陸ができるが実は非常に苦手で、リスクを避けるために斜め飛行で離着陸する。これに対してeVTOLは、垂直離着陸が前提なので、上記の騒音も合わせて離着陸場(バーティポート、Vポート)の設置自由度がヘリコプターより格段に高くなる。
「実はヘリコプターは(ドクターヘリ以外は)人の移動にはほぼ使われておらず、報道や警察、点検などの情報収集や物資輸送での利用が大半だ」(ヘリポートの設計・建設を手掛けるエアロファシリティー〔東京・港〕社長の木下幹巳氏)。一方、eVTOLは新たな移動手段として我々の日常の足となる可能性がある。「空の移動革命に向けた官民協議会」構成員の1人である慶應義塾大学大学院SDM研究所顧問の中野冠氏は、「普及するには市民にヘリコプターより安全と思ってもらうことが大事」と語る。
機体の市場規模についてはさまざまな予測があるが、2022年1月にエレクトリカル部門を新設してeVTOLなどの電動推進システムビジネスに参入した英Rolls-Royce(ロールス・ロイス)は、「保守的な予測だが2030年までには世界で約7000機が運航する」とみている。いずれにせよ、これまでの航空機とは桁違いの需要数であり、それがジョビー・アビエーションと協業するトヨタ自動車や、日本の機体メーカーであるSkyDriveと連携するスズキなど量産技術に強みを持つ自動車メーカーなどが参入している理由である。
もっとも、機体だけがあってもeVTOLの社会実装は成立しない。「機体」「インフラ」「サービス」の3つがそろう必要がある(図4)。例えば、ハードウエア面では充電設備などを備えたVポートの整備も不可欠で、こちらは街づくりにも直接つながる。このため、最近ではデベロッパー、商社、MaaS(Mobility as a Service)事業者など多様な事業者の参入が活発化している。