全3791文字

 「今回の採用は、当社にとって非常に重要な一歩だ」

 2022年5月に、航空機装備品の米大手Honeywell International(ハネウェルインターナショナル、以下ハネウェル)と共同開発を進めている電動航空機向け電動モーターが、「空飛ぶクルマ」いわゆる電動垂直離着陸(eVTOL)機に採用されることが決まったことを発表したデンソーは、その意義を冒頭のようにコメントする。

 採用するのは、ドイツのベンチャー企業Lilium(リリウム)が開発を進めるeVTOL「Lilium Jet」である(図1)。現時点でトヨタ自動車も出資する米Joby Aviation(ジョビー・アビエーション)の「S4」がスペック値や飛行試験の実績などからエアタクシー向けeVTOLの“本命”とする業界関係者が多いのに対し、「ダークホース的な存在」(元ヤマハ発動機の無人ヘリコプター開発のエンジニアで現エーエムクリエーション社長の松田篤志氏)とみる向きもある注目の機体である。

図1 デンソーのモーターを採用するeVTOL
図1 デンソーのモーターを採用するeVTOL
Liliumが開発を進める推力偏向型のeVTOL「Lilium Jet」。7人乗りで航続距離は250km以上とスペック値が高い。モーターを1機当たり30個搭載する(写真:Lilium)
[画像のクリックで拡大表示]

 その理由は、S4が5人乗りで航続距離が240kmであるのに対し、全長8.5m、翼幅13.9mのLilium Jetは7人乗りで航続距離が250km以上と、スペック上は飛行効率で上回るからだ。同社は2025年の型式証明の取得を目指している。

 Lilium Jetの大きな特徴は、「推力偏向電動ダクト(DEVT:Ducted Electric Vectored Thrust)」と名付けられた独自の推進システムにある。フラップ部に30基のダクトファン(ダクト内にプロペラを配置する構造)を配置し、離陸時はフラップを下げて垂直に上昇し、その後はフラップを上げて水平飛行する(図2)。通常のプロペラは推進方向以外に直交方向にも気流を発生するが、ダクトファンとすることで飛行効率が高まる。さらに、騒音も低くなると同社は主張している。

図2 推力偏向電動ダクトの動作イメージ
図2 推力偏向電動ダクトの動作イメージ
Lilium Jetは通常のプロペラではなく、推力偏向電動ダクトを搭載する。これが動いて垂直離着陸と水平飛行を実現する。図は遷移時の様子(画像:Liliumのメディア向けビデオからキャプチャー)
[画像のクリックで拡大表示]

 このダクトファンの要が、それを駆動するデンソーとハネウェルが共同開発したモーターである。モーターは各ダクトファンに1個ずつ、合計で30個がLilium Jet1機に搭載される(図3)。空冷対応で、冷却機構を簡素化できるのもメリットだという。

図3 デンソーとハネウェルが共同開発したモーター
図3 デンソーとハネウェルが共同開発したモーター
重さ約4kgで100kWを出力する。左はステーター、右はローターでいずれもプロトタイプ(写真:デンソー)
[画像のクリックで拡大表示]