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 NTTが2030年代の情報通信基盤を塗り替えようと一丸となって取り組む「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)」構想。NTTはその第1弾となる機能を早くも2022年度に社会実装する。超大容量かつ超低遅延の通信基盤となる「APN(All Photonics Network)」だ。APNは、オープン仕様に基づいて従来の光伝送装置を分離(ディスアグリゲーション)するアーキテクチャーを採用する。「最後の聖域」と呼ばれてきた光伝送装置市場を変革する、起爆剤になる可能性がある。

 「2022年度中に、規模を限定して一部の顧客にAPNを提供していきたい。基本的には県内サービスだ。まずは世の中に出すことで議論を加速することが目的だ」

 NTT研究企画部門IOWN推進室長の川島正久氏はこのように力を込める。

 IOWN構想とは、低消費エネルギーという特徴を持つ光技術を、コンピューティング基盤から通信に至るまで活用。世界の情報通信基盤を根本から変えていこうという壮大な構想だ。目標とする電力効率は現在の100倍、伝送容量は同125倍、エンド・ツー・エンドの遅延は同200分の1と極めて野心的な目標を掲げる。

図1 超大容量・超低遅延を実現するIOWNの主要構成要素である「APN」
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図1 超大容量・超低遅延を実現するIOWNの主要構成要素である「APN」
拠点間をオンデマンドで動的に光パスを張るようなイメージである(出所:NTTの資料を基に日経クロステックが作成)

 先兵となって社会実装するAPNは、IOWN構想の主要な構成要素の1つだ。その名の通り現在、都市間を結ぶような中継系のコアや都市内を巡らせるメトロネットワークに使われる光伝送技術を末端となるエンドユーザー近くにまで拡張。「1人1波長」のように超大容量の光のパスを用途ごとに柔軟に構成できるようにする(図1)。

 APNでは、ルーターなどの電気処理を極力なくすことで、省電力化と低遅延化も図る。用途に応じて、オンデマンドで1対1で光の専用線を張るようなイメージだ。「APNの最初のユースケースとして、eスポーツやライブ中継など低遅延が必要となるサービスを想定している。このほか、データセンター間を結ぶ回線提供や、(基地局とアンテナを結ぶ)フロントホール部分への適用などもある」と川島氏は続ける。

 NTTは2021年から具体的なAPNの実証を進めてきた。2021年11月には研究開発イベント「NTT R&Dフォーラム2021」にて、APNの実証環境を使った対戦型eスポーツのデモを披露した。2022年3月には、東京・渋谷と西新宿をAPNの実証環境で結び、2拠点にいる演奏者がリアルタイムで演奏するというコンサートを観客も入れて実施した(図2、図3)。

図2 APNの実証環境を使った対戦型eスポーツのデモ
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図2 APNの実証環境を使った対戦型eスポーツのデモ
2021年11月の研究開発イベントで披露した。対戦型eスポーツのようなユースケースにAPNの低遅延性が役立つという(写真:日経クロステック)
図3 2022年3月に実施した「未来の音楽会」
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図3 2022年3月に実施した「未来の音楽会」
APNの実証環境を用いて東京・渋谷と西新宿を結んだ。両拠点にいるピアノ奏者が、違和感なくアンサンブルする様子を観客に見せた(写真:日経クロステック)

 これらのユースケースは大きな遅延が発生する現在のネットワークでは実現が難しい。APNならではの強みを発揮する利用シーンだ。

構想から実装へ、光伝送装置を「分離」

 NTTは2022年度に先行実装を進めるAPNのアーキテクチャーを、IOWN推進の国際団体「IOWN Global Forum」を通じて2022年1月に公表した。それが「Open APN」だ。

 Open APNは既存の光伝送装置を機能分離し、その一部をユーザー拠点の近くまで伸ばすという新たなアーキテクチャーを提案する。

 具体的には「ROADM(Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexer)」と呼ばれる大容量の光伝送機器を機能分離し、その一部をユーザー拠点近くに配置する形だ(図4)。

図4 ROADMを機能分離する「Open APN」のアーキテクチャー
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図4 ROADMを機能分離する「Open APN」のアーキテクチャー
トランシーバーをユーザー拠点近くにまで配置し、エンド・ツー・エンドに近い光ネットワークを実現する(出所:NTTの資料などを基に日経クロステックが作成)

 ROADMは光信号を柔軟に分岐/挿入できる装置であり、通信事業者のコア・メトロネットワークやデータセンター間接続に使われている。「光スイッチ(WSS:Wavelength Selective Switch)」や合分波機、そして光信号と電気信号を変換する「トランシーバー」などの機能で構成する。従来ROADMは、光伝送装置のベンダーが垂直統合によって一体提供する場合がほとんどだった。

 Open APNはそこにメスを入れる。

 ROADMにおける光スイッチや合分波機能を分離し、新たに「APN-I」や「APN-G」というノードとして定義する。トランシーバーに相当する機能は、「APN-T」として定義。これをユーザー拠点近くまで延伸する。トランシーバーまで光信号を使って伝送し、トランシーバーから先は電気信号へと変換。通常のネットワーク機器を利用するようなイメージである。

 通信事業者のコア・メトロ網内にとどまっていたROADMの機能を、ユーザー拠点に近いアクセス網まで伸ばすことで、APNが目指すエンド・ツー・エンドの光パスを実現する。

 現在の固定系ネットワークは、コア・メトロ網のROADMから取り出した光信号を電気信号へと変換。ルーターやスイッチなどで終端後、アクセス網においてPON(Passive Optical Network)のような技術を用いて提供されている。

 Open APNは、そんなコア・メトロ網の光伝送技術をアクセス網まで広げることになる。固定系ネットワークの大きなアーキテクチャーの転換となる可能性がある。