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 米Facebook(フェイスブック、現Meta)などが発表したDiem計画(旧称Libra)は、ステーブルコイン規制の国際的な議論を活発化させた。計画は事実上撤回されたが、暗号資産市場では企業やスマートコントラクトによりDiemとは別種のステーブルコインが相当量発行され、パブリックブロックチェーン上の分散型金融での取引に用いられている。

 ステーブルコインには、発行主体の種類、流通するネットワーク、価格安定の仕組みなどに様々なバリエーションがある。また、期待されるメリットやリスクも、バリエーションにより異なってくる。本稿では、代表的なステーブルコインの特徴や仕組みを解説し、そのメリットやリスクに関する国際的な議論を紹介するとともに、決済サービスにおける役割と課題について考察する[1]

暗号資産取引で利用が進むステーブルコイン

 ステーブルコインの定義は多様だが、本稿では便宜上、「支払いや投資に用いる民間デジタル資産のうち、裏付け資産を持つなど法定通貨との等価性(例えばステーブルコイン1単位=1ドル)が維持される仕組みを備えたもの」と位置付けて論じる [2] 。各国の中央銀行もステーブルコインに関する発信を増やしており、決済システムの効率化や利便性向上につながり得る点とともに、種々のリスクや適切な規制・監督の必要性を指摘している[3]

 Diemは一般的な財・サービスの売買における決済手段としての利用を想定していたが、構想は2022年1月に事実上撤回された。一方、Diemとは別に、暗号資産との取引に利用できるステーブルコインがすでに多数発行されており、残高を増大させている。利用者が法定通貨をステーブルコイン運営企業に送金すると、企業は同額のステーブルコインをパブリックブロックチェーン上で利用者に対して発行する。これにより投資家は、手持ちの法定通貨を暗号資産市場で流通し得る形態に変換できる。代表例のUSDT、USDCは、発行額をそれぞれ約680 億ドル、約500億ドルに伸ばしている(2022年9月時点)。

 このようなステーブルコインがあることで、投資家は、事業者が運営する取引所で法定通貨と交換することなく、価格変動が大きい暗号資産のポジションを閉じ価格が安定した状態とすることができ、これによりブロックチェーン上の暗号資産市場の中で暗号資産運用を完結できるようになった。このほか、外国為替市場でマイナーな通貨ペアの為替取引が実際には米ドルを介して行われることで流動性が与えられるように、ステーブルコインが暗号資産の市場流動性を高める効果も生み出していると考えられる。

分散型金融の発展とともに広がる「利回り農業」

 暗号資産市場で流通するステーブルコインの発行額が増えるとともに、分散型金融(Decentralized Finance、DeFi)が発展してきた。これは、暗号資産市場において様々な金融サービスをプログラムにより自律的に提供する仕組みである。確立した定義は存在しないが、特定の管理主体を必要としないパブリックブロックチェーン上で、スマートコントラクトを活用して構築・運用される暗号資産の金融サービスを指す。

 スマートコントラクトとは、ある条件で作動するプログラムをブロックチェーンに登録し、条件が満たされた際に自動的に作動させ、その結果をブロックチェーンに自動的に記録する仕組みである。この技術により、特定の仲介者や管理主体を必要としない形で、金融サービスが自律的に提供される。

 分散型金融による金融サービスは多様で、暗号資産の交換、暗号資産の貸し出し(レンディング)から、カストディー、保険、デリバティブ、予測市場まで、200種類以上が存在する。分散型金融サービスの利用(暗号資産の運用残高)は2020年央以降に急増し、乱高下しながらも2022年9月時点で約300億ドルに達している。

 分散型金融サービスではDEX(Decentralized Exchange)とレンディングが多くの利用者を集めている。DEXは、暗号資産同士を交換する取引所の機能をスマートコントラクトにより自律的に提供するサービスである。代表的なサービスであるUniswapでは、取引価格の決定や市場流動性の管理などの機能がスマートコントラクトにより実装され、マーケットメイクも自律的に行われる(図1)。

図1 DEXの仕組み
図1 DEXの仕組み
(出所:筆者作成)
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 レンディングは、利用者から暗号資産を預かりこれを貸し出す機能をスマートコントラクトにより自律的に提供するサービスである。その代表的サービスとしてCompoundが挙げられる。貸し手は暗号資産を流動性プールに担保として差し入れ、これと引き換えに預かり証の役割を果たす「債権トークン」を受領する。貸し手はいつでも債権トークンを戻して、預け入れた暗号資産に利息を加えた額を回収できる。債権トークンの保有者は、これを担保として預け入れ、暗号資産を流動性プールから借り入れることができる。

 最近では、DEX、レンディングをはじめ様々な分散型金融サービスの手数料・利率・交換レートなどをモニタリングし、これらサービスを組み合わせて暗号資産を運用する投資家が増えている。こうした運用は、イールドファーミング(利回り農業)と呼ばれている。

 このような分散型金融において、ステーブルコインが重要な役割を果たしている。すなわち、暗号資産の投資家は、手持ちの暗号資産をステーブルコインと交換することで、暗号資産を法定通貨に変換することなく暗号資産のポジションを閉じる効果を得られる。また、レンディングサービスに担保を差し入れて借り入れた暗号資産を、再度担保として活用して暗号資産を借り入れることを繰り返し、レバレッジを利かせて大きなポジションを造成するなど、運用手法を多様化することにも用いられている。もっとも、レバレッジの高さは暗号資産の価格変動の影響をより大きく受けることにつながる。

自律的に発行されるステーブルコイン

 一般的な財・サービス売買での利用を想定したDiemや、暗号資産取引に用いられるUSDT・USDCはいずれも、企業が銀行預金や国債などの伝統的な金融資産を裏付けとして発行するステーブルコインである。これに対し、分散型金融において暗号資産との交換に用いるタイプとして、パブリックブロックチェーン上のスマートコントラクトが発行するステーブルコインも存在する。

 利用者はスマートコントラクトに暗号資産を送り、スマートコントラクトが同額相当のステーブルコインを利用者に発行する。利用者から送られた暗号資産を裏付け資産として管理し、ステーブルコインが持ち込まれた際に備えるタイプのみならず、アルゴリズムにより流通量をコントロールすることで、裏付け資産によらない価格安定を目指すステーブルコインも見られる()。

表 ステーブルコインの発行形態
表 ステーブルコインの発行形態
(出所:筆者作成)
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 スマートコントラクト発行型は、例えばDAIの発行額が2022年9月時点で約70億ドルと相応の金額となっている。特定の発行主体によらず自律的に発行されるという点で分散型金融サービスとしての特徴を持ち、このため価格安定にはスマートコントラクトに対する信頼が重要な要素となる。暗号資産を裏付け資産とするDAIと、裏付け資産を事実上持たないUSTを例に取り、仕組みを具体的に見てみよう。

DAIの価格安定の仕組み

 DAIは、Makerプロトコルと呼ばれる仕組みにより、人手を介さずに発行・管理される。同プロトコルはオープンソースの開発コミュニティーであるMakerDAOが開発・運営している。

 利用者は、手元の暗号資産をスマートコントラクトに担保として預け、代わりにDAIを入手する。入手したDAIをスマートコントラクトに対して償還すれば、担保を受け戻すことができる(図2)。

図2 DAIの発行と償還
図2 DAIの発行と償還
(出所:筆者作成)
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 Makerプロトコルでは、スマートコントラクトがDAIの発行管理機構として動作しており、利用者ごと、担保の暗号資産の銘柄ごとに、DAIの発行を管理している。具体的には、担保として預かった暗号資産の米ドル建ての担保評価額を、オラクル[4] を通じて取得した市場価格から算出し、その担保評価額の一定割合の額を上限として「1DAI=1ドル」のレートでDAIを発行する。つまりDAIは、担保の暗号資産が余裕を持って差し入れられていることを裏付けとして発行されている。担保評価額は刻々変動するため、DAIの発行上限額も連動する。