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設計課長A:私が所属する設計技術部はデザインレビュー(DR)を重要な取り組みと位置付けています。しかし、DRの開催日が近づくと、また叱責を受けるのかと憂鬱になります。DRをやってよかった思う場としたいのですが、そうできていません。これが大きな悩みです。

講師:DRをやってよかった思う場としたいと悩んでいるのはA課長、あなただけはありません。多くの設計課長に共通する課題です。「DRを開催します」と伝えて集まるだけでは、いつまでたってもやってよかったとはなりません。

 ところで、A課長、「DRは何のため行うのか」と聞かれたら何と答えますか。

設計課長A:何のためと言われても、私がこの設計職場に配属された時からDRはあったので考えたことはありません。「決まりだから」。これしか思いつきません。

講師:やってよかったと思うものにするには、まず何のために行うのか、DRの「役割」を知ることが第一歩です。

設計課長A:DRの役割ですか。教えて下さい。

講師:DRの役割は2つあります。「気づきの場」と「総知・総力を注ぐ場」です。まず、「気づきの場」を取り上げます。

 設計者は100%やり遂げたと思いがちです。A課長も思い当たりませんか。ところが、実際には「過去の失敗事例の振り返りに抜けがある」、「設計変更時に他部品への影響の検討を忘れてしまっている」、「加工できるかどうか現場の意見を聞いていない」といった具合に足りないところがあるものです。

設計課長A:私のことを言われているような気がします。

講師:DRでは、設計者からの「全ての課題をクリアしたつもりだが抜けはないだろうか」、「この課題を一生懸命検討してきたがすっきりしない」、「この点をどうしても詰め切れない」といった問い掛けに、問題点や解決の糸口を見いだします。気づくのです。DRは「気づきの場」なのです。

設計課長A:もう1つの「総知・総力を注ぐ場」とはどのようなことなのでしょうか。

講師:もちろん、気づきは容易ではありません。設計や品質保証、生産技術、生産といった各部門からの参加者が、それぞれの部門のプロとして意見を戦わせると、議論は深まります。参加者全員が知恵を総動員すれば気づきが生まれます。つまり、DRは「総智・総力を注ぐ場」なのです。

設計課長A:DRは総知・総力を注ぎ、気づきを得る場ということが納得できました。DRを行う上で、気を付けることはありますか。

講師:特に気をつけたいのは「検討・議論」です。DRは「決裁」ではありません。DRの典型的な様子はこうです。参加したメンバーの中で最上位の職制の人が一方的に発言し、設計担当者が冷や汗をかきながら平謝り。そして、他の参加者は押し黙ったまま、早く終わらないかと傍観している──。

 これでは単なる上司への報告と決裁の場です。参加者全員の総知・総力を注ぐことができず、気づきは生まれにくいといえます。

設計課長A:私の職場でも発言する人はいつも同じです。

講師:自由に意見が言える雰囲気がなければ、技術的に深みのある議論ができません。顕在化している(詰め切れていない)課題であってもなかなか解決に導くことができないし、ましてや潜在的な(検討抜けの)課題への気づきには至りません。総知・総力を注ぐという役割を果たせないのです。

 もちろん、決裁は必要です。DRでしっかりと議論し、その後に行う決裁会議で気づきへの処置結果も含めて判断を仰ぎます

設計課長A:DRをやってよかったと思えるようにできそうです。

講師:A課長、少し自信が付いてきたようですね。しかし、事はそう簡単ではありません。DRをこのタイミングで済まさなければ次のステップに進めない。なんとか波風を立てず終わらせようと思ったことはありませんか。

設計課長A:うーん……。ついつい心配なことは控えめに説明しようと思ってしまいます。

講師:それぞ、まさにDRの「形骸化」です。いくら議論しても大切な気づきは生まれようがありません。