全3736文字
PR

 「ペイシェントジャーニー(Patient Journey)」という考え方に近年注目が集まっている。直訳すれば「患者の旅」だ。概念自体は古くからあるものだが、デジタル技術の発展や医療に対する考え方の変化によって、ペイシェントジャーニーも新たな姿になりつつある。新たなペイシェントジャーニーでは、個々の患者の状態が長期間にわたって可視化され、それに応じた適切な医療をタイムリーに提供できる可能性がある。

 ペイシェントジャーニーには今のところ共通の定義はないが、「健康な人が病気を自覚し、医療機関にかかって治療を受け、回復していく過程を旅路と捉えたもの」とされることが多い(図1)。よりシンプルに「病気の進行具合」とも解釈できそうだが、ペイシェントジャーニーの持つ意味はもっと奥が深い。

図1 ペイシェントジャーニーのイメージ
図1 ペイシェントジャーニーのイメージ
病気の進行だけでなく患者の気持ちや社会との関わりなど様々な要素を合わせた概念だ。(出所:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

時代とともに変わる概念

 IQVIAサービシーズ ジャパン(東京・港、IQVIAジャパン)臨床開発事業本部プロジェクトリーダーシップ ディレクターの金子信太郎氏によれば、かつて医療といえば治療がメインであり、病気とは治すものと考えられていた。そうした価値観におけるペイシェントジャーニーには、「治療介入の意思決定を行うための病気の進行具合」といった程度の意味しかなかった。つまり、患者の旅という言葉ではあるものの、「医療を提供する側が想像してつくり上げた概念」(金子氏)だった。

 ところが、時代が進むにつれてこの概念が変わってきた。その要因として挙げられるのが疾病構造の変化だ。インテグリティ・ヘルスケア(東京・中央)社長の園田愛氏は「少子高齢化や公衆衛生の発達により、がんや生活習慣病など、治療して終わりというよりは長期的に付き合っていく疾病が占める割合が増えた」と指摘する。その結果、医療に求められるものが「患者のQOL(Quality of Life、生活の質)をどう向上させるかに変わってきた」(同氏)。

 このように治療だけでなく、患者の生活を第一に考えて最良の結果と体験を提供すべきであるという理念は「ペイシェントセントリシティー(Patient Centricity、患者中心)」と呼ばれる。IQVIAジャパンの金子氏は「患者中心の考え方と融合したのが現在のペイシェントジャーニーの捉え方。患者中心を実現するために、患者視点のジャーニーの地図を作り始めたところだ」と説明する。

 こうして生まれた新しいペイシェントジャーニーは、かつてのそれよりさらに包括的で、病気の進行に対する注目点も異なる。病気を自覚したときの不安、治療と社会生活を両立する苦労、病気と付き合っていく覚悟――。病気に伴う心理的な状態や社会との関わり方など、患者のあらゆる体験を考慮するのが新たなペイシェントジャーニーである(図2)。

図2 ペイシェントジャーニーに対する視点の違い
図2 ペイシェントジャーニーに対する視点の違い
医師視点のペイシェントジャーニーは病気の進行具合という捉え方だったが、患者視点では患者の思いなど様々な要素が含まれる。(出所:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

技術革新でペイシェントジャーニーを見える化

 一方で、IoT(Internet of Things)やAI(人工知能)、ビッグデータといった技術革新によって人々の健康状態に関する情報を緻密に収集・可視化できるようになった。これも、新たなペイシェントジャーニーが注目されるようになった1つの理由だ。インテグリティ・ヘルスケアの園田氏は「医療に対する価値観の変化にテクノロジーが追いついてきたという印象だ」と語る。

 近年は家庭用の体重計や血圧計のIoT化が進み、活動量や心拍数、睡眠時間などを測定できるウエアラブル機器も浸透。日常の健康情報であるパーソナル・ヘルス・レコード(Personal Health Record、PHR)を集めやすくなった。また、健康診断の結果や食事内容などをPHRと一元的に管理できるようなアプリケーションも数多く登場している。

 従来のペイシェントジャーニーは、患者が医療機関を受診したときの情報を基に医師が描いていた。この方法では生活の大半を占める日常の情報は反映できないため、離散的な「点」として患者の状態を捉えるしかなかった。しかし「デジタル技術で患者の生活をトラッキングできるようになり、情報がリッチになった」(IQVIAジャパンの金子氏)。連続的な「線」の情報を使ってペイシェントジャーニーを描けるようになってきたのだ(図3)。

図3 ペイシェントジャーニーを可視化するための情報の変化
図3 ペイシェントジャーニーを可視化するための情報の変化
「点」としてしか患者の情報を得られなかった従来のペイシェントジャーニーに対して、新たなペイシェントジャーニーは、デジタル技術の進歩によって連続した「線」として描かれる。(出所:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 医療に求められるものが変わり、また技術的にそれが可能になった。こうして新たなペイシェントジャーニーが生まれ、注目されるようになっている。アステラス製薬ペイシェントセントリシティ室次長の東山浩之氏は「医療業界の皆が(新たなペイシェントジャーニーに基づく)患者中心の推進という方向を向いていることは間違いない」と語る。