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 日常を含めて患者の生活の質を向上できる、新たな「ペイシェントジャーニー(Patient Journey)」を実現しようという機運が医療業界で高まっている。その中で重要性を増しているのが、「ペイシェントセントリシティー(Patient Centricity、患者中心)」という考え方だ。患者の緻密な健康データを基にしたペイシェントジャーニーは患者側の意識改革につながり、主体的な医療への参加を促す(図1)。

図1 新たなペイシェントジャーニーによる患者中心医療
図1 新たなペイシェントジャーニーによる患者中心医療
生活の質(QOL:Quality of Life)の向上にも着目する新たなペイシェントジャーニーでは、患者の主体的な医療参加も促進される。(出所:日経クロステック)
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 ペイシェントジャーニーが変わってきた背景には、がんや生活習慣病など長期間にわたって付き合う疾患の割合が増えたという疾病構造の変化に加え、患者の健康情報を緻密に可視化できるようになった技術革新がある。可視化した健康情報は医療の提供側が活用するだけでなく、患者自身が医療を選択するための判断材料として使えるという意義も大きい。

 一方で、こうした健康情報を収集するには患者側の協力が不可欠だ。つまり、新たなペイシェントジャーニーの実現は、患者の主体的な医療への参加が前提となる。単なる治療だけでなく、日常を含めた生活の質向上を目指すペイシェントジャーニーだからこそ、医療に対する患者の意識改革が生まれ、ひいてはペイシェントジャーニーの進化と充実につながる。

自分のジャーニーに基づき医師と議論を

 医療データ分析のメディカル・データ・ビジョン(MDV)は、パーソナル・ヘルス・レコード(Personal Health Record、PHR)管理システム「カルテコ」を手掛ける(図2)。同社社長の岩崎博之氏はカルテコを、「(テクノロジーによって)PHRを集めて自分のペイシェントジャーニーを可視化するサービス」と表現する。

図2 カルテコの画面イメージ
図2 カルテコの画面イメージ
医療機関の診療情報や健康診断の結果にアクセスできる。(出所:メディカル・データ・ビジョン)
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 カルテコは様々なヘルスケアIoT(Internet of Things)機器と連携しており、自動で測定結果を同期する。さらに、提携する医療機関から自分のカルテ情報やレントゲン(X線撮影)などの医用画像なども取り込める。2022年5月には対象を健康診断にも拡張すると発表。病気になる前の未病領域から治療開始後の領域にわたる、あらゆるPHRを一元的に管理できるシステムとして展開している。

 MDVがカルテコによって実現したいのは、患者の主体的な医療参加だ。岩崎氏は「医療は日進月歩で進化している。医師は科学者なので常に新しい知識を取り入れているが、患者もまた変わらねばならない」と指摘する。患者中心の医療の実現には、医師の知識習得だけでなく患者が自らの医療リテラシーを高める必要があるという。「カルテコで可視化したペイシェントジャーニーをベースに、自分が受ける医療について医師と議論できるようになってほしい」(岩崎氏)

 カルテコは現状、個々の患者が自分のPHRを確認するためのものだ。しかし将来的には、多くの患者から集まった情報の統計処理で傾向を分析し、患者がこれからたどり得るペイシェントジャーニー、つまり未来の予測にも活用できるようにする方針だ。岩崎氏は「データや知識だけあっても、受診といった実際の行動に移すのは難しい。一般論ではない『あなたの未来』を予測し、いわばペイシェントジャーニーの地図を提供して医療参加を後押ししたい」と展望を語る。

 その前哨戦として同社は糖尿病AI(人工知能)アプリ「dAIbet(ダイベット)」をローンチした(図3)。健康診断などで得た血液検査のデータ最大24項目をAIで解析し、糖尿病のリスク指標となるHbA1cの値を推定。リスクに応じた生活改善方法を利用者ごとに提案し、それによるリスク低減のシミュレーション結果を提示する仕組みだ。HbA1cが項目に入っていない簡易な検査でも、HbA1cの値を間接的に知ることができる。

図3 dAIbetの利用イメージ
図3 dAIbetの利用イメージ
血液検査の数値を入力するとAIが糖尿病リスクや改善シミュレーションを表示する(出所:メディカル・データ・ビジョン)
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 MDV取締役で子会社のAIR BIOS(東京・品川)代表取締役の柳沢卓二氏は「対象になるのは糖尿病になる前の人。MDVの強みである病気になった後のデータを生かして、病気にならないように生活改善で手を打つ方法を模索した」と語る。患者はデータ収集だけでなく、データを基にした行動でも医療に参加できるのだ。同様の取り組みが他の疾患にも広げられれば、治療を中心とした従来の医療とは違った形の患者中心医療となるだろう。

「医者ができるのは手助けだ」

 実際、患者も変わり始めている。腎臓病患者でMDVのPHR管理システム「カルテコ」利用者でもある木全一夫氏は、長年の闘病生活を経て主体的な医療参加の大切さに気付いた。同氏は「医者は多くの患者を診ているが、患者にも多様性があるので、どこまで親身に寄り添えるかというと限界がある」と語る。

 木全氏は毎日の食事内容や血圧の数字を記録するなど、データを基に自分の健康と向き合うようになった。また患者の勉強会などにも積極的に参加してリテラシー向上に努めているという。「以前は病気になったら医者任せだったが、日常生活の食べ物などから変えないといけないと身に染みて理解できた。医者ができるのは手助けであって、病気とは自分で治すものだ」(木全氏)