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 治療時だけでなく、日常生活を含めて患者の状態や体験を表現する「ペイシェントジャーニー(Patient Journey)」を通じた患者中心の医療を実現しようという機運が高まっている。長期間にわたるペイシェントジャーニーの全体を支援するのはまだ現実的ではないが、部分的な支援をデジタル技術で実現しようとする取り組みは始まった。そこではスタートアップなどの独創的な企業が存在感を増している。

 ペイシェントジャーニーは患者の視点で描かれる1本の旅路。その旅路は、受診や診断、治療といった主要なイベント(医療シーン)の集合体だ(図1)。医療シーンはいわば「旅の要所」であり、個々の医療シーンの課題解決に取り組むことでペイシェントジャーニーの最適化に貢献できる。

図1 ペイシェントジャーニーにおける医療シーンと対応技術
図1 ペイシェントジャーニーにおける医療シーンと対応技術
患者になる前の「未病」、患者になるときの「診察」「診断」、患者になった後の「治療」「予後」といった医療シーンがあり、それぞれの課題解決にデジタル技術で取り組んでいる。(出所:日経クロステック)
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 ペイシェントジャーニーの医療シーンは、大まかに「患者になる前」「患者になるとき」「患者になった後」の3つのフェーズに分類できる。以下、各フェーズにおける独創企業の取り組みをみてみよう。

「医療の入り口」で治療機会の逸失を防ぐ

 患者とは、厳密には「医師の診察を経て診断を受けて初めてなるもの」である。しかし、ペイシェントジャーニーは健康な人が患者になっていく過程も重視する概念なので、「患者になる前」での貢献も大きなテーマの1つである。このフェーズへのアプローチとしては、健康管理や重症化予防を支援して患者にさせないことや、速やかに医療へつないで適切な治療を始めてもらうことなどが挙げられる。

 「患者にさせない」という前者のアプローチは未病対策とも呼ばれ、医療費抑制の観点からも注目されている。代表的な技術は、健康診断やヘルスケア機器から得られるパーソナル・ヘルス・レコード(Personal Health Record、PHR)を管理・分析するシステムだ。例えばメディカル・データ・ビジョン(MDV)の糖尿病AI(人工知能)アプリ「dAIbet(ダイベット)」は、血液検査の数値を基に糖尿病のリスクや生活改善策を表示して予防を支援する。

 「適切な治療を始めてもらう」という後者のアプローチの例としては、Ubie(東京・中央、ユビー)が手掛ける生活者向けサービス、症状検索エンジン「ユビー」が挙げられる(図2)。同社が医療機関向けに提供している「ユビーAI問診」の技術を生活者向けに応用したものだ。利用者が気になる症状についてサービスから提示される質問に答えていくと、症状に関連する疾患名や近くの近隣の医療機関を検索してくれる。

図2 症状検索エンジン「ユビー」の利用イメージ
図2 症状検索エンジン「ユビー」の利用イメージ
症状についてサービスから提示される質問に答えていくと、症状に関連する疾患名や近くの近隣の医療機関が検索できる。(出所:Ubie)
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 Ubie共同代表取締役医師の阿部吉倫氏は「正しい医療に行き着くまでに時間がかかり、治療機会を逃していると感じる場面によく出合う」という問題意識を持っていた。これが創業の背景であり、同社の「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」というミッションにつながっている。医療機関にかかる直前の症状検索や、かかった直後に行われる問診という「医療の入り口のところで価値を提供したい」(阿部氏)。そうした取り組みによって、疾患の早期発見を実現する。

 同社は2021年以降、武田薬品工業、ファイザー(東京・渋谷)、バイエル薬品(大阪市)などとの協業を立て続けに発表。様々な疾患に強みを持つ製薬企業と連携し、関連する症状が見られたときの情報提供に役立てる。特に希少疾患は情報が不足しているため、不調を自覚したり発作が生じたりしてから診断が確定するまでに長い時間を要する場合が多い。医師の見落とし防止への貢献や患者への啓発を通じて、未診断の潜在的な患者を正しいペイシェントジャーニーに誘導することを目指す。