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 第4~7回では、カーボンニュートラル(炭素中立、CN)について燃料側での技術開発および事業化に向けた動向を中心に整理してきた。一方でCN燃料の普及に向けては、供給側での取り組みに加えて、燃料を使用する需要(用途)側の動向、とりわけ動力源(パワーソース)の技術革新の動向が鍵を握る。今回からは、こうした燃料の需要側、特に輸送機器におけるCN化に向けたパワーソースの技術・商品開発の動向を用途別に見ていきたい。

需要側から見たパワーソース決定のメカニズム

 CN燃料を含めたエネルギーの需要側としては、幅広い用途が考えられる(図1)。このうち、特に欧米など先進国を中心としてCN実現へ向けて重要性が高まっている輸送機器領域には、さまざまな種類の輸送機器が存在する。海(船舶)、空(航空機)に加えて、陸上の輸送機器としては、一般消費者のユーザーも多い二輪/三輪車、乗用車(PV: Passenger Vehicle)に加え、企業ユーザー中心の商用車〔LCV(Light Commercial Vehicle、小型商用車)、バス、中大型トラック〕、オフロード車両(建機、農機、フォークリフト)、鉄道などが挙げられる。アプリケーションごとにパワートレーンのCN化に向けたアプローチの方向性は異なるが、基本的には以下の3つの要素に左右されているように見受けられる。

図1 輸送機器のCN化に向けた3つの視点
図1 輸送機器のCN化に向けた3つの視点
LCVは、Light Commercial Vehicleの略で小型商用車のこと。(出所:ADL)
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 1つ目は、パワートレーンに関する規制の存在である。内燃機関(ICE)をベースとするパワートレーンに対しては、各国政府などがこれまでも大気汚染防止や省エネルギーの観点から、排出ガス規制や燃費規制を課してきた。これに加えて直近では、都市部への乗り入れ規制や、メーカー側に一定以上の電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)などの排ガスゼロ車(Zero Emission Vehicle、ZEV)の販売を義務付ける米中におけるZEV規制、さらには、欧州で広がるICE車の販売禁止など、パワートレーンに対するもっと直接的な規制が、特に普及台数の多い乗用四輪車を中心に広がりつつある。また、各国政府が公的に課す規制のほかにも、各種の業界団体などが定める自主規制もCN化のドライバー(視点)となり得る。

 2つ目が、各アプリケーションにおける各種パワートレーンの技術的な成立性である。これは、各輸送機器の車体質量、寸法や求められる出力・稼働時間などの観点から、当該のパワートレーンを使用する場合、そもそもハードウエアのパッケージングとして成立し得るかという点が1つだ。加えて、燃料供給に関わるインフラが整備されているかという点も、成立性の観点から重要となる。特に、電動化や燃料電池など相対的に新しいCN化の手段においては、この成立性が重要な論点となる。

 3つ目がユーザーから見たベネフィットの観点である。この点については、具体的にはアプリケーションによりポイントが異なる。例えば企業ユーザー中心の産業財であれば、輸送機器の購入価格から使用中の燃料費や保守メンテナンス代などのランニングコスト、そして中古車などの形での売却する際の残価などを含む製品ライフサイクル全体でのトータルコスト(TCO)が一番の購買決定要因となる。一方で乗用車など一般消費者のユーザーがメインのアプリケーションでは、TCOに加えて、利便性やブランド価値などのユーザーの選好性なども考慮に入れる必要がある。

 これら3つのCN化ドライバーのうち、1番目の規制面において明確なトリガーが存在するのは、四輪乗用車と小型商用車など一部のアプリケーションにとどまる。また、航空機についても、国際連合傘下の国際民間航空機関(ICAO)で取り決められた二酸化炭素(CO2)削減目標が事実上の業界規制として働いている。だが、それ以外の特に陸上系のアプリケーションについては、CN化推進のトリガーとなる規制は存在していない。

 一方で、2つ目の技術的な成立性の観点でいえば、次のように整理できる。縦軸に車体サイズや必要な仕事量に基づく必要出力の大きさを取り、横軸に必要なエネルギー容量に関わる実用上必要とされる航続距離もしくは連続稼働時間を取ると、必要な出力サイズとエネルギー容量が共に比較的限定的なアプリケーションに関しては、動力源の電動(EV)化がCN化の有効な手段となり得る(図2)。

図2 主要な輸送機器の技術特性
図2 主要な輸送機器の技術特性
大型トラックは15t以上のトラック、中・小型トラックは15t未満のトラック、小型建機・農機はおおよそ8t以下の建機・農機、中大型建機・農機は8tより大きい建機・農機、小型二輪車・四輪シティーコミューターはおおよそ125cc以下の二輪車・四輪車、中・大型二輪車:おおよそ250cc以上の二輪車、小型船・レジャーボートはおおよそ出力500kWクラス以下の船外機搭載船、沿岸内陸船はおおよそ500k~5000kWクラスの船外機搭載船、遠洋船はおおよそ5000kW以上の船外機搭載船。(出所:ADL)
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 具体的には、スクーターなどの小型二輪車や乗用四輪車に関しても、軽自動車のような小型のシティーコミューターを筆頭に電動化のハードルは相対的には高くない。また商用車の中でも、走行距離が限られ、かつ一定域内を周回するような乗り合いバスや小型の配送車(LCV)などは電動化が可能である。産業用車両でも小型の建機・農機やフォークリフトなどは電動化が技術的には成立し得る。またドローンや空飛ぶ車など小型の空系新型モビリティーについても電動化が前提となっているものがある。

 これに対して、EV化が難しいアプリケーションには、3つのパターンが存在する。1つは、エネルギー密度がボトルネックになる場合、つまり求められる必要航続距離に対して車両パッケージとして十分な容量の電池の搭載が困難なケースである。この典型は、ツーリングなどで長い航続距離が求められる中大型二輪車である。また四輪乗用車や小型トラック(LCV)、中型トラックなども車種やユースケースによっては、この点がボトルネックとなり得る。

 2つ目のパターンは、左上の現状の電池や電動モーターの技術的な特性からして、必要な出力が足りないケースである。これは特に、主動力で移動だけでなく別の作業も手掛ける建機・農機・フォークリフトなどの大型の産業用車両などが当てはまる。ドローンなども大型で輸送用途などペイロード(耐荷重)が求められる場合には出力がボトルネックとなる。

 3つ目のパターンは、エネルギー密度・出力の両方がボトルネックになるパターンで、車体サイズが大きい大型トラックや(架線からの電力が取れない場所での)鉄道、あとは抵抗の大きい水上を進む船舶系は小型のレジャーボートから大型船までいずれもこのケースに当てはまる。また大型の航空機についても、現状ではこのカテゴリーに分類できるといえる。

 このように整理してみると、四輪乗用車のように、CN化を促進する具体的な法規制が存在し、かつ技術的な成立性の観点から電動(EV)化が有効なCN化の手段となり得るのは、輸送機器の中でもごく一部のアプリケーションにとどまるという見方もできる。以上の全体構造を踏まえ、以下では各アプリケーションについての具体的な動向を見ていきたい。