第8、9回の2回にわたり、乗用車、二輪車、商用車および建機、農機、フォークリフトなどの産業車両など、陸上で活用される製品群のカーボンニュートラル(炭素中立、CN)化動向について解説してきた。今回は、陸上以外の空中や水上で使われる製品群として、航空機と船舶のCN化について動向を見渡し、解説する。
航空機と船舶のCN化について、特徴は大きく2つある。1つは、グローバルな枠組みで議論が進んでいる点。もう1つは、超小型製品を除き大出力・大容量が求められ電動化が困難という機能上の特徴である。
航空機や船舶では国際的な議論が進む
陸上で用いられる製品群は、公道走行を主に想定する製品(オンロード製品、乗用・商用の四輪・二輪車)と、公道以外で使われることに主眼を置いた製品(オフロード製品、建設機械や農業機械、フォークリフトなど)が存在する。だが、いずれも基本的に特定の地域内において利用される。そのため、必然的に各国独自の状況を踏まえた規制・方針の影響を色濃く受ける。例えばブラジルにおいては、国内生産量の多いバイオ燃料を優先的に利用する方針が打ち出されるといった具合である。
一方、特に大型の航空機・船舶においては国内輸送ではなく、国際間輸送が重要なミッションであり、CN化についても現時点で国際的な議論が進んでいる。
四輪商用車でも、欧州の長距離輸送トラックなど国境を頻繁に行き来する車両も存在するため、欧州連合(EU)として規制・規格を統一するモメンタム(勢い、勢いの強さ)が働いている。北米において、カナダの自動車法規が米国に準じたものとなるのも同様の理由である。いうなれば、四輪トラックでEU・北米という枠組みで議論がなされるように、世界規模の枠組みで議論されるのが航空機・船舶の特徴である。
船舶では国際海事機関(IMO)にて、航空では国際民間航空機関(ICAO)や国際航空運送協会(IATA)にて、それぞれ航空機や船舶のCN化に向けての議論が行われている。
ただし、両者の議論レベルはやや異なる。より具体的な実現手段として持続可能な航空燃料(SAF)の採用にまで踏み込んでいる航空業界と、まだ抽象的なCN目標を掲げているのにとどまる船舶業界という違いが見られる。これらの違いについて、船舶、航空機それぞれのCN化アプローチの現状を踏まえつつ以降解説する。
船舶は水素かアンモニアのエンジンが本命か
IMOの温暖化ガス(GHG)排出削減に向けた目標ロードマップは、2008年を排出量基準年とし、(1)2030年までに平均燃費を40%改善、(2)2050年までに総排出量を50%削減、(3)21世紀中にCNを実現――というものである(図1)。そのための対策策定ロードマップとして、2023年をめどに新造船の燃費規制強化など短期対策について合意し、2030年までにカーボンクレジットなどの市場メカニズムを含めた中期対策について、そして2030年以降にCN燃料導入を含んだ長期対策について合意することを目指している。
現在は、短期対策の合意に向けて各国からの提案・対策案の検討や現状の分析を進めている。短期対策としては、各国から、新造船の燃費に関する目標の設定や、燃費改善のための平均運行速度に関する目標の設定などが提案されている。CN実現というより、GHG排出量の削減に向けた燃費性能向上に関する具体的な対策合意を目指している状況である。
船舶においても最終的にはCN燃料の導入が検討される見込みだが、CN化実現に向けた代替手段が定まる2030年以降に向けて、複数の選択肢を俎上(そじょう)に載せているのが現状である(表)。
船舶は個人用途の多い小型船向けエンジンを除けば1000kW以上の最高出力が求められ、1万5000kWという高出力が求められることも少なくない。電動化による代替は超小型船に限られるとみられている。
他方、搭載可能なエネルギー量という観点からの搭載性に関しては、航空機などと比べると体積や複雑なシステムを搭載する余力が比較的あることもあり、現時点では、合成燃料やバイオ燃料以上に、排出ガスにGHGが含まれない水素やアンモニアが船舶向けCN燃料の候補として注目されている。
水素とアンモニアはいずれも常温ではガスであり、液体として搭載するには冷却が必要となる。水素の沸点が-253度であるのに対し、アンモニアの沸点は-33度と高いため、液体としての燃料搭載はアンモニアの方が圧倒的に容易である。一方で、アンモニアだけで燃焼させるアンモニア専焼技術はいまだ確立されておらず、軽油・重油との混焼が求められている。また、燃焼状態によっては未燃アンモニアや、温暖化ガスであるN2O(一酸化二窒素)の排出も微量ながら認められている。そのため、アンモニアの活用に向けてはエンジン燃焼および排出ガスの後処理に関する技術に課題が残されている。
水素エンジンも金属部品の水素ぜい化/腐食や早期着火(プレイグニッション)などへの対策やNOx(窒素酸化物)排出対策は必要である。ただし、水素専焼技術自体は確立されつつあり、燃焼の課題は解決可能とみられている。
このように、専焼エンジンの実現は見えているが、液体としての燃料搭載や長期保存が難しい水素と、液体としての燃料搭載は可能だが混焼が必要なアンモニアという状況に対し、それぞれ取り組みが進められている。
例えば、水素エンジンを用いた船舶(水素エンジン船舶)については、川崎重工業、ヤンマーパワーテクノロジー(大阪市)、ジャパンエンジンコーポレーションの3社が合弁会社HyEng(兵庫県明石市)を設立し開発を進めている。アンモニアエンジンについては、船舶エンジン大手のドイツMAN Energy Solutions(マンエナジーソリューションズ)が2024年ごろまでの実用化を目指している。
なお水素については、燃料電池車と同様、高圧ガスタンクを搭載しての実現は比較的容易とみられている。航続距離に関する要求の低い比較的小型の沿岸・内航船では同タンク搭載の水素エンジン船が最も現実的との見方もある。ツネイシホールディングス(広島県福山市)グループのツネイシクラフト&ファシリティーズ(広島県尾道市)と同・神原汽船(広島県福山市)、およびベルギー海運大手のCMBの3社は、ジャパンハイドロ(同)を設立し、内航船での水素エンジン運行を目指して開発を進めている。