本連載ではここまでカーボンニュートラル(炭素中立、CN)燃料をめぐる各国政府の動向や各燃料の開発動向、そしてさまざまな用途の輸送機器におけるCN化に向けた開発動向を見渡してきた。今回から数回は、これらの現状を踏まえ、CN燃料の普及に向けたシナリオと定量的予測を紹介しつつ、普及に向けたボトルネックと必要と思われるアクションを提言する。今回はまず、CN燃料普及の可能性を3つのシナリオに整理してみたい。
シナリオを左右する4つのドライバー
CN燃料の普及に向けた複数のシナリオを考える上で、まずどのような点が各シナリオの分岐点になるだろうか(図1)。
まずここまでの分析から、特に各国政府やエンドユーザーへの選択肢を実質的に用意する立場にある各用途の輸送機器メーカーは、基本的にはCN実現に当たっての各種技術の実現性や優位性を見通してから判断をする姿勢である。その観点から、以下のような幾つかの共通認識が醸成されつつある。
- (1)輸送機器におけるCN化の手段として、小型軽量・短稼働時間の一部用途を除くと、純電動化は困難な用途が多数存在する
- (2)新バイオ燃料は高コストを許容する航空用に多くが消費され、他機器への燃料供給に制約が出る可能性が高い
- (3)水素系燃料は水素製造コストが支配的かつ現時点では高額で、採算が合うレベルにない
- (4)混合バイオエタノール、混合バイオディーゼル、液化天然ガス(LNG)は温暖化ガス(GHG)削減に寄与するがCNとはならない
そして、このような「共通認識」は、技術革新やCN化に向けた政策的な前提変化によって大きく変わり得るものであり、これらがシナリオ上の分岐点となり得る。
より具体的に言えば、以下の4つがシナリオ分岐に関わるCN燃料の普及に向けたドライバーになると考えられる。技術的なドライバーとしては、1つ目が電動化普及の鍵を握る「バッテリー革命〔=性能(エネルギー密度、出力密度)/コストの不連続進化〕」である。これはCN燃料普及に対しては、トレードオフの関係、すなわち、バッテリー革命が進めば電動化がより幅広い用途で進展し、結果としてCN燃料普及へのニーズが相対的に小さくなる、という関係にある。
2つ目は、「次世代バイオ燃料の進展」である。特に第3世代と言われる藻類由来のバイオ燃料の量産化が広がると、第1、2世代のバイオ燃料では普及に向けたボトルネックとなっている供給制約の問題が緩和される可能性が高い。結果として、次世代バイオ燃料が普及すればCN燃料全体にとってはプラスとなる。一方で、CN燃料の中での合成燃料(e-fuel)とバイオ燃料との比較においても、バイオ燃料の普及がより進む可能性がある。
3つ目が、「CN燃料コストの低減」である。特にCN燃料の中でも、合成燃料のコストの過半を占める原料としての水素および二酸化炭素(CO2)、特に現状でのe-fuel認定の必須要件とされている、大気中のCO2を直接分離・回収する技術であるDAC(Direct Air Capture)による製造コストが鍵を握っている。合成燃料のコストが下がれば、CN燃料の普及が拡大することになる。
以上の3つの技術的なドライバーに加え、4つ目の政治的なドライバーとして、排ガスゼロ車(Zero Emission Vehicle、ZEV)に対する各国の規制(ZEV規制)における「CN認定燃料の拡大」が挙げられる。特に合成燃料においては、現状では、原料の水素は、再生可能エネルギー(RE)電源から造られたグリーン水素を活用し、CO2もDACのような形で大気中から直接回収したものしかCN燃料(e-fuel)の原料としては認められない。これが、化石燃料由来のブルー水素やCO2回収・有効利用・貯留(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage、CCUS)など既存アセットを利用可能で総所有コスト(トータル・コスト・オブ・オーナーシップ、TCO)に優れる工法で製造された水素の場合でもCN燃料の原料として認定されるようになれば、必然的にCN燃料のコスト低減につながる。結果としてCN燃料の普及を促進する効果があると考えられる。