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頭上と背面からの音像表現がいまひとつ

 VR/ARメガネをかけて、3次元のメタバースに没入している自分を想像してほしい。右から声をかけられたので、右を向くとする。声の主が顔の正面に来たにもかかわらず、声の聞こえる方向が右のままでは、具合が悪いのはご理解いただけるだろう。

ヘッドトラッキングは、頭を左右に向けると音像も追従して移動する。ただ、10秒ほどで元の定位に自動的に戻ってしまう
ヘッドトラッキングは、頭を左右に向けると音像も追従して移動する。ただ、10秒ほどで元の定位に自動的に戻ってしまう
(出所:アップル)
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 この場合、音の定位も映像に合わせて回転しなければ、脳が混乱して良質な没入体験が損なわれてしまう。このヘッドトラッキングの効果は、AirPods Proなどアップル製イヤホンのモーションセンサーの情報をH1チップで常に演算処理することで生み出される。

 アップルは、このバイノーラル(両耳の意=イヤホンなどでの聴取)における、空間オーディオのユーザー体験をもう一段上のレベルに引き上げようとしているのではないだろうか。というのはバイノーラルによる空間オーディオは、左右の音源に対する音像表現は問題ないのだが、後方や頭上の表現がいまひとつ不十分だ。

 AirPods Proなどをお持ちの方は、ヘッドトラッキングをオンにして対応コンテンツを再生してほしい。首を左右に振ると音像も追従する。しかし、真後ろを向くと音源が後ろから聞こえている感じは、いま一歩といったところだ。Apple TV+では、多少後ろに定位した印象もあるが、はっきり分かるほどではない。あるいは、頭を垂れた場合、頭上から聞こえてこなければならないはずが、そのようには聞こえない。

 空間オーディオは本来、映画館やホームシアターにおけるマルチスピーカー環境での再生にその威力を発揮する。Dolby Atmosを導入した映画館で対応コンテンツをご覧になったことがあれば、その音空間における没入感のすさまじさをご理解いただけるだろう。

 それと同等の没入感をバイノーラル環境で再現するのは、前述のように難しい。筆者はホール録音したピアノ曲でDolby Atmosによる空間オーディオミックスを試したことがあるのだが、後方や頭上の音空間の表現がうまくいかなかった。実際にスピーカーを上や後ろに配置して、そこから音を出すのとは異なり、左右2チャンネルで空間を表現するバイノーラルの限界を感じてしまった。

ホールにおいてマルチマイク環境で録音したピアノ音源を利用して、空間オーディオのミックスを試みるも、バイノーラルでは思うような音像を作れなかった
ホールにおいてマルチマイク環境で録音したピアノ音源を利用して、空間オーディオのミックスを試みるも、バイノーラルでは思うような音像を作れなかった
(筆者撮影)
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