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頭部伝達関数のオーダーメード化

 そもそも、人間の耳は2つしかないにもかかわらず、周囲360度の音の方向を知覚できるのはなぜか。それは、空間音響に含まれる周囲の反射などの音響的特徴を過去の経験則などを交えて脳が処理することで、音源の位置を特定しているからだ。このような特性を「頭部伝達関数」と呼ぶ。

 頭の前、後ろ、上、左右で指をパチンとならしてほしい。しっかりと音源の位置を特定できる。頭部伝達関数は、このような音源の位置特定をイヤホンやヘッドホンで再現しようという話だ。

 つまり、バイノーラル再生による空間オーディオは、頭部伝達関数による計算式を用いて音声信号に変調を加えることで、2チャンネルの信号であるにもかかわらず、空間や音の移動などを再現しようとしているのだ。

 ただ、やっかいにも、この頭部伝達関数には個人差がある。頭や耳の形、大きさに個人差があるように、同一のバイノーラル音源を聞いても、音の感じ方は十人十色で、音の位置関係をしっかりと認識できる場合もあれば、そうでない人もいる。

 このような個人差による課題を解決するベストな方法は、各ユーザーの頭や耳の形を測定して個々の関数を生成し、その関数を基に音源に変調を加えれば、理屈の上では各ユーザーに最適化されたバイノーラル環境を構築できる。

 アップルには、ぜひこれをやってほしいというのが、筆者の希望だ。例えば、iPhoneのカメラで耳を撮影しそれをもとにして、各人に最適な頭部伝達関数を算出し、再生時にそのユーザー独自の変調を加える処理を行うのだ。ちょうどFace IDのセットアップをおこなう際、顔をカメラに向ける要領だ。

 ソニーは、空間オーディオ技術「360 Reality Audio」(360RA)を公開している。ソニー製のヘッドホン向けに、「Sony | Headphones Connect」というアプリを公開しており、これを利用すれば、耳の形を測定し独自の頭部伝達関数を算出し、360RAコンテンツのバイノーラル聴取に適用することができる。

頭や耳の形を撮影し頭部伝達関数を算出して対応ヘッドホンで最適なバイノーラル環境を実現する「Sony | Headphones Connect」の画面
頭や耳の形を撮影し頭部伝達関数を算出して対応ヘッドホンで最適なバイノーラル環境を実現する「Sony | Headphones Connect」の画面
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 ソニーの場合は、頭部伝達関数の処理だけで空間を表現しているようだが、アップルが頭部伝達関数を取り入れてくれたら、モーションセンサーとH1チップによる高度なヘッドトラッキング処理との合わせ技で、とてつもなく完成度の高いバイノーラル環境を提供してくれるのではないかと妄想するのだ。