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 総務省などが技術策定中の次世代地上デジタル放送(次世代地デジ)方式は現時点で大きく2つ。ただ、どちらも技術的課題を抱えている。そこへ、第3の方式が飛び込んできた。人工知能(AI)を使うことでたとえ8K映像でも帯域をほとんど増やさずに送れるようになりそうだ。

 総務省などが技術策定中の次世代地上デジタル放送(次世代地デジ)は前回の記事で紹介した通り、提案された幾つかの技術を検討し、現時点で大きく2つに絞り込んだ段階である。

 ところが、残った2つの候補技術も課題を抱えており、どちらを選んでも実現性に懸念は残る。ただし、2022年6月の会合で評価結果が報告された第3の技術が、そうした懸念を吹き飛ばす起死回生策になる可能性がある。

周波数確保の前に技術を検討

 まずは、総務省の技術の選定方針をざっくりとおさらいしてみよう。同省は次世代地デジ技術の候補として、(1)既存の2K放送のチャンネルはそのままにして、そこに4Kのコンテンツを重畳する方式、(2)2K放送のチャンネルの空き、またはチャンネルの割り当てを整理して空きを作りだすことで、そこに4Kまたは8Kのチャンネルを設ける方式、の2方式でそれぞれ提案された技術を絞り込んできた。

 仮に、これらの方式の技術のいずれかが実現困難だと分かれば生き残った方式が自動的に選択肢になる。2方式の技術がどちらも実現可能であれば、どちらの方式にすべきかを改めて検討するといった方針である。可能性としては、2方式が共倒れになることもあり得るはずだが、その想定はしていないようだ。

既存技術の枠組みでできるか

 (1)の方式で当初有力とされたのが、関西テレビ放送が提案した「3階層セグメント分割方式」だった(図1)。これは、現在の地デジのチャンネルが、もともと3階層にできる設計であることを利用する。ここでいう3階層とは、既存の6MHz幅の周波数チャネル内に設けられた13セグメントを3つの変調技術ごとに分割して使うやり方である。現行の地デジでは2階層で利用している。具体的には、13セグメントのうち12セグメントを2K放送用の64QAM(Quadrature Amplitude Modulation)、残る1セグメントをいわゆる「1セグ」用のQPSK(Quadrature Phase Shift Keying)に割り振っている。これを3階層にしても、規格上の変更はなく、想定内の使い方なので下位互換性を確保しやすく、メーカーやユーザーの負担も最小限になるはずというわけだ。

(a)既存のチャンネルに4Kを“同居”
(a)既存のチャンネルに4Kを“同居”
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(b) 3階層セグメント分割方式(関西テレビ方式)
(b) 3階層セグメント分割方式(関西テレビ方式)
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図1 既存の2Kチャンネルのまま4K機能を付加
既存の2Kチャンネルはそのままで、そこに4K映像のデータを“同居”させるイメージ(a)。その実現方式の1つが、関西テレビ放送が提案した「3階層セグメント分割方式」である。既存の2Kチャンネルが仕様上は3種類の変調方式(3階層)でセグメントを分割できる機能を利用する。ただし、4K放送用には4~5セグメントしか確保できないため、垂直(V)偏波を使ってもう4セグメントを追加する方式(MIMO変調)が提案された。しかし、伝送路の変更が大きくなるため比較的早期に不採用になった。その後、4セグメントに次世代映像符号化方式のVVCを導入して4K放送を実現する方式(SISO変調)が検討されていたが、下位互換性が意外に低く、やはり不採用になった(出所:総務省の資料を基に日経クロステックが作成)

 しかし、これまで2Kチャンネルを最大2本、1セグを1本収めていたところに、既存チャンネルを残したまま、2Kの4倍の画素数の4Kチャンネルを設けるのはやはり容易ではない。考えられる方策としては大きく2つあった。(i)これまでテレビ塔などから水平偏波で送っていた電波に、垂直偏波を加えることで4Kチャンネル用の帯域を確保するやり方、(ii)水平偏波だけのまま、次世代符号化技術で4セグメント内に4Kチャンネルを無理やり押し込めてしまうやり方、の2つである。

屋根上のアンテナが“恐竜の骨”に

 このうち、(i)案では各住宅の受信アンテナ、およびアンテナ配線を更新する必要がある。住宅の屋根ではアナログ放送時代からずっと「八木式アンテナ」と呼ばれる魚の骨のようなアンテナが使われてきたが、(i)案では、この骨(アンテナ素子)を十字状にする、いわば“恐竜の骨”のようにする必要があった。また、アンテナ配線は2系統にしなければならない。こうした変更をすべての視聴者に強いるのは現実的ではなく、(i)案は途中で検討する候補から外れた。

 もう1つの(ii)案は最近まで候補に残っていた。ただし、実証実験で既存の車載用地デジ受信機などとの相性が悪く、理屈の上では確保できるはずの下位互換性が低いことが判明した。セールスポイントだと思っていた部分が成立しなかったことで、この3階層セグメント分割方式は候補から外れた。

4K信号を雑音として埋め込む

 (1)の方式を実現するもう1つの候補技術がTBSテレビなどが提案した「階層分割多重(LDM)」方式である(図2)。これは、4Kのデータ伝送に13セグメント丸ごと使う一方で、その出力を既存の2K放送を受信する機器にとって“雑音”としかみなされないほどに弱くするやり方だ。

(a)LDM( 階層分割多重、またはTBS)方式の送信信号
(a)LDM( 階層分割多重、またはTBS)方式の送信信号
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(b)現行の2K受信機に理論上は影響せず
(b)現行の2K受信機に理論上は影響せず
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図2 “雑音”レベルの低出力で既存2K信号と同居
TBSテレビが提案したもう1つの“同居”方式の「LDM方式」。これは、既存の13セグメントのチャンネルに雑音レベルの出力で4K放送の信号を重畳する方式(a)。復号時はまず2K番組を復号し、それを再変調して受信信号との差分をとることで、4K放送の信号を抽出する(b)。既存の送受信アンテナなどを変更する必要がないのが最大のメリットだが、車載用受信機との互換性は低い。また、4K放送の信号の弱さから、放送エリアも狭くなる(出所:総務省の資料を基に日経クロステックが作成)

 こうすると既存の2K放送の受信機はこの4K放送に気が付かない。一方、4K放送の受信には、まず2K放送を復調して“雑音”を除去してからそれを再変調する。それと受信信号との差分をとると、“雑音”部分だけがきれいに残る。これを復号することで4Kの信号を取り出すのである。

 この方式の最大のメリットは、受信側のシステム変更の負担が最小限で済むことだ。次世代地デジに興味がなく、既存の2K放送で満足している視聴者にとってはアンテナや受信機などを変更する必要が一切ない注1)。また、次世代地デジを視聴したい場合も、アンテナやケーブルを変更する必要はなく、チューナーとテレビだけを対応させればよい。

注1)ただし、既存の車載地デジ受信機への下位互換性は3階層セグメント分割方式と同様、低いことが実証実験で判明している。