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 日本では次世代地デジの技術仕様の策定が進むも、実際に移行が始まるかどうかはほぼ白紙状態だ。一方、世界では移動通信技術ベースの「5Gブロードキャスト」が台頭し、早ければ2023年にも実サービスを始める国・地域が出てきそうだ。“放送と通信の融合”を超えて、通信に放送がのみ込まれる勢いになっている。

 総務省などが進めている「地上デジタル放送方式の高度化」、つまりは次世代地デジに向けた技術仕様の策定作業は、2023年夏ごろにはいったん完了する。現時点で残っている2つの技術仕様の1つ「高度化実験方式」を開発したNHK放送技術研究所の技術者は、「仕様を決めてからチューナー用の半導体を開発するまでに1~2年かかる。このため、次世代地デジの開始は早くて2025年ごろになるのではないか」と実現時期の見通しを述べた。

3~4通りのシナリオが噂に

 ところが、もう少し幅広い放送関係者に事情を聴くと、こうした移行が直線的に進むシナリオの他に、まったく違うシナリオもささやかれている。考えられるシナリオは大きく3つ。(1)NHKの技術者が述べたように、技術仕様策定の次に移行プログラムが策定され、2020年代半ばから移行が始まる、(2)移行プログラムを策定できず、せっかく策定した技術仕様がそのまま塩漬け状態になって現行の地デジが当面続く、(3)“黒船”、具体的には移動通信技術ベースの“放送”技術が海外から上陸してきて、地デジの事実上の後継技術になる、の3シナリオである。強いて言えば(4)として、(1)と(3)のハイブリッド、つまり、次世代地デジと移動通信技術ベースの“放送”が融合していく可能性もある。

総務省のやる気のなさに懸念

 こうした見方が出てきているのは、2019年から技術仕様の策定を始め、それがあと約1年で完了するという段階になっても、総務省からは移行プログラム策定についての具体的な動きが聞こえてこないことが理由の1つになっている。それが「総務省は次世代地デジを実現しようとは考えていないのではないか」(ある放送システムの関係者)という疑念が生まれる背景になっている。

 そもそも今回、周波数の確保よりも先に、技術仕様の策定から始めた点も、関係者のそうした疑念を深める結果を招いているかもしれない。

放送はネットに移行中

 より俯瞰(ふかん)的な立場から状況を考えると、総務省の慎重姿勢の背景も見えてくる。まず、現行の地デジが検討されていた頃とは放送を取り巻く環境が大きく変わっている。その筆頭が、インターネット経由の動画配信サービスの激増だ(図1)。

図1 インターネット経由での有料動画配信サービスの契約数は既に全世帯の6割超に
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図1 インターネット経由での有料動画配信サービスの契約数は既に全世帯の6割超に
日本の有料動画配信サービス(NHK除く)の契約数(シンガポールMedia Partners Asia調べ)。青色がインターネット経由、オレンジ色が衛星放送またはケーブルテレビ。インターネット経由だけで3645万件となり、1世帯1契約と仮定すると全世帯の6割超に達している(出所:Media Partners Asiaのデータ、TVerの公表値などを基に日経クロステックが作成)

 無料の動画配信サービス「YouTube」の視聴者は約6000万人。日本の人口の約2人に1人弱が見ていることになる。テレビ局の放送をインターネット経由で見せる無料のサービス「TVer」のアプリのダウンロードも5000万回に達している。

 「Amazon prime video」や「Netflix」などの有料の動画配信サービスの契約数も急増しており、日本における契約総数は少なくとも3645万件。重複を含まないとすると全世帯の約6割に相当する。もはや有料の動画配信サービスの視聴者は、限られた人などとは言えない状況だ。

 総務省自身、次世代地デジの技術仕様策定と並行して、今後の放送の将来像を問う「デジタル時代における放送の将来像と制度の在り方」というテーマの検討会を開いている。そこでは、上記の動画配信サービスの伸長や10~20代の若者の著しいテレビ離れ、広告市場の地上テレビ放送離れなどが指摘されている。SNS上では、次世代地デジへの移行で、放送局や視聴者の両方に移行の負担を強制すれば、こうした傾向が一層強まり、“地上テレビ放送離れ”が加速する理由になるとの声も出ている。

 こうした社会背景を基に、同検討会が打ち出した方向性が、民間放送局、とりわけローカル放送局の経営を支援するための放送インフラの共同利用の推進と、放送コンテンツのインターネット配信(ブロードバンド代替)の推進だ。そこに「地上デジタル放送方式の高度化」は含まれていない。総務省が次世代地デジに対して“やる気がない”ように見えるのも、他に選択肢が増える中、放送局や視聴者に負担を強いてまで地上放送にこだわる理由が薄れつつあることを分かっているからだと推測できる。