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 機能性表示食品ブームが過熱する中、多くの食品メーカーが機能性の科学的根拠として不十分な臨床研究論文を作成している可能性のあることが日経クロステックの調べで明らかになった。そのまま製品化されれば、機能性が十分ではない製品が市場に出回ることになる。機能性表示食品の信頼を揺るがしかねない事態だ。

科学的根拠の質がさらに低下

 機能性表示食品制度とは、事業者(食品メーカー)の責任で食品の商品パッケージに機能性を表示できる制度のこと。「脂肪の吸収をおだやかにします」など、健康の維持や増進に役立つことを示す文言が表示される。ヨーグルトや乳酸菌飲料、その他のドリンク(飲料)類、サプリメントなど幅広い食品で展開されている。2015年4月に制度がスタートし、2021年の市場規模は4418億円(富士経済の調査)と一大市場に成長した(図1)。

図1 人気の機能性表示食品
図1 人気の機能性表示食品
都内の地下鉄駅に設置された自動販売機(2022年6月に撮影)。人気が沸騰した乳製品乳酸菌飲料だけが売り切れになっていた(写真:日経クロステック)
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 特定保健用食品(以下、トクホ)制度との最大の違いは、機能性に関する科学的根拠について国が製品を個別審査せず、食品メーカーが自らの責任で機能性を表示できる点である。

 食品メーカーは機能性の立証に当たり、主に「研究レビュー」と呼ばれる文献調査を行う注1)。査読付きジャーナル(論文誌)などで公表された関連研究を総合的に調査・検討し、評価をまとめて消費者庁に届け出る。消費者庁は書類の形式上の不備がないかどうかをチェックし、問題がなければ受理する。届け出(以下、届出)は消費者庁のWebサイト上に公開されるため、誰でも確認できる。つまり、「届出制であっても、みんなで監視すればズルはできないはずだ」という考えでデザインされた制度である。

注1)研究レビューの他に、最終製品の臨床試験の結果を根拠にすることも可能だ。ただし、このケースは届出全体の約5%(2022年7月現在)と少数派となっている。

 ところが、現在に至るまで「科学的根拠の質の低さ」がたびたび問題視されてきた。その質の低さを初めて明らかにしたのは、消費者庁が2015年度に実施した研究レビューに関する調査事業1)だ。この調査事業で委員長を務めた東京農業大学教授の上岡洋晴氏は、2019年に再調査2)を実施したところ、前回よりもさらに質が悪化したことが判明。「『こんな簡素化した記述でも受理されるのか』と考えた事業者が、過去の研究レビューを安易に模倣する悪循環が生まれているのかもしれない」(上岡氏)と指摘する。実は、この悪循環は今なお続いている。

実質的に「査読なし」のジャーナルに投稿が集中

 第三者の審査を受けない届出制度であるとはいえ、なぜこうした機能不全の状態が続いているのか。考えられる理由は2つある。

 1つは単純に、「食品メーカーの責任に委ねられる」ため。本来、研究レビューはシステマティックレビュー(SR)と呼ばれ、適切に実施されれば信頼度の高い結果を得ることができるものだ。SRとは、ある研究課題についての論文を網羅的に収集し、肯定的な結果も否定的な結果も合わせて分析する評価方法である。消費者庁が示した「機能性表示食品の届出等に関するガイドライン」(以下、届出ガイドライン)には、SRを適切に作成するための国際指針「PRISMA声明」に準拠して研究レビューを作成するように規定されている。

 ところが、PRISMA声明にどこまで忠実に従うかは食品メーカーに任される。適切に実施されている例もあるが、ブレーキが存在しないことから不適切に研究レビューを作成する食品メーカーが出やすい。

 もう1つの理由は、「研究レビューで採用する論文の質が低い」ためである。医学分野の雑誌にはピンからキリまであり、査読付きジャーナルであれば全てが信頼できるというわけではない。中には、高額な掲載料さえ払えば論文をアクセプト(採択)する「ハゲタカジャーナル」と呼ばれる悪質なオープンアクセスジャーナルすら存在する。

 特に機能性表示食品においては、質の低い論文の受け皿になりやすい特定のジャーナルがある。2018年7月1日~2021年6月30日の3年間に消費者庁のホームぺージに公表された、臨床試験を基盤とした届出論文全136本(重複や撤回されたものを除く)のうち、少なくとも57本(約42%)が同じジャーナルに掲載されている3)

 このジャーナルは、日本の出版社が発行する月刊商業誌であり、版元の社長は日経クロステックの取材に「受理した論文の約9割を採択している」とコメントした。1割の不採択の主な理由は、「臨床試験における倫理違反」(版元の社長)という。採択率の極端な高さとこの不採択理由を踏まえると、本来は必須となるエビデンスの質(検証結果の信頼性)の観点では査読されていない可能性がある注2)

注2)このジャーナルは、掲載料が1ページ当たり1万6000円と比較的安価といえる。また、複数の医師や臨床統計家に査読を手配しており、「ランダム化比較試験」を報告する際のガイドライン「CONSORT声明」に準拠した形式になっているか否かなどはチェックし、記載に不備がある場合は著者に修正を促しているという。ただし、論文としての体裁は整ってはいるが、科学的根拠が薄い(バイアスリスクの高い)論文でも査読が通りやすいジャーナルといえる。

 機能性表示食品の届出では事実上、「査読付きジャーナルに肯定的な結果の論文が載った」という実績が重要になる。つまり、一部の食品メーカーはその実績を確保するために、査読が緩いのを知った上で、進んでこの商業誌を利用している可能性がある。日経クロステックが調査したところ、大手食品メーカーの臨床研究論文も多数掲載されており、中には臨床試験の実施や解析に関して多数の疑義がある論文も交ざっていた(詳細は次回以降の記事で解説予定)。

 この点について、機能性表示食品の開発に携わるある研究者は「業界全体に科学的根拠の質を軽視する風潮がある。質の低い論文を作成している著者は、自分でそうと知りながら書いている」と証言する。また、この商業誌の編集者は「弊誌がリジェクト(不採択)しても、食品メーカーは他のいい加減なジャーナルに投稿するのではないか」と語る。