世界と比べた出遅れを挽回すべく、日本の産業界が動き出した。目指すのは起業のすそ野を広げ、無用なリスクを避ける支援策だ。失敗が当たり前のスタートアップの世界で、挑戦の数と質をともに高める。
「当社の経営資源を全て使ってください」。2022年7月8日、USEN-NEXT HOLDINGS(HD)の宇野康秀社長最高経営責任者(CEO)は、オンラインイベントに集まった起業家の卵たちにこう呼びかけた。「起業家登竜門CEO's GATE」。同社が主催し、起業家志望者やスタートアップ経営者を対象に、事業計画づくりや資金調達、起業や事業拡大といった支援策を提供するプログラムだ。
タクシー広告打つより当社へ
宇野社長の狙いは起業や成長に必要な経営資源の提供を通じて、起業家にとっての選択肢を増やして余計な摩擦を減らすことにある。同プログラムを通じて、USEN-NEXTグループ企業との提携や協業、グループの顧客紹介、営業・開発・財務・人事といった人材の提供などの支援策を提供。必要に応じて出資も検討する。同社グループ企業への入社を希望する起業志望者には経営者としての育成教育や助言をするほか、グループ企業の経営陣に抜てきもする。
「起業家の経営判断を助け、経営や事業開発の余計な手間を省く」。宇野社長は狙いをこう語る。背景には自身が起業した当時の体験がある。30年あまり前、20代で起業した宇野氏は当時、「右も左も分からない状態で経営に取り組んできた」(同)。経理や財務などを一から学び、試行錯誤しながら会社を育てていった過程は「一見するとかっこいいが、余計な時間をかけていたのは事実だ」(同)。
自らの経験を踏まえ、避けられる手間なら避けた方が起業のすそ野拡大や成長加速の近道ではないか。「せっかく資金調達してもタクシー広告を打つくらいなら、当社が既に持っている販路を使えばリード(見込み客)獲得にはよほど有効。スタートアップ起業家はありものの資源をうまく使う発想を持つべきだ。30数年にわたって経営者を務めてきた経験を伝えたい」(宇野社長)。
経団連、「全てをテーブルの上に」
USEN-NEXTHDの起業家登竜門プログラムは、いま日本を挙げて進むスタートアップ振興策の象徴だ。起業・創業段階から成長軌道に乗せるまで、いわゆるシードステージやアーリーステージと呼ぶ段階の支援策を中心に、ヒト・モノ・カネを充実させる動きが加速している。
産業界のスタートアップ振興をけん引するのが経団連だ。2022年3月に改革の目標と改革すべきポイントをまとめた提言「スタートアップ躍進ビジョン」を発表した。
キーワードは「10X10X」。今後5年でスタートアップを形成するすそ野、すなわち起業の数を現在の10倍にする。併せてスタートアップの高さ、つまり企業規模の大きいユニコーン(評価額10億ドル)企業を10倍にする。
「つまみ食いではだめ。必要な施策を全てテーブルに載せる」。同ビジョンには、とりまとめを担った南場智子副会長のこんな思いが込められているという。当事者である起業家や投資家、既存の大企業、行政、学術機関、さらには各種の制度や目に見えない社会の空気。スタートアップをとりまくエコシステム全体を改革すべきとの狙いだ。「従来も同様な提言を出したことがあったが、大企業が自社の目線や利益を優先する傾向が強かった」(経団連の小川尚子産業技術本部統括主幹)。
提言には産官学が5年後までに起こすべき変化として、7つの分野を挙げた。目を引くのが起業や創業のすそ野を広げる政策分野への提言だ。
例えば起業や経営、投資をしやすい制度の実現や規制改革の推進。法人設立の手続きにおける公証人の定款認証の撤廃、エクイティ(返済義務のない投資資金)の活用促進、規制改革関連制度の強化と周知などをうたっている。スタートアップが望む規制改革につなげるため、毎年とりまとめている規制改革要望について2022年は経団連会員企業のスタートアップの要望を重点的に集めた。9月にも公表するという。
起業が身近に感じられる社会づくりも提言した。起業家のすそ野拡大の障壁になっている、身近な起業家の少なさを改善するためのものだ。具体的には初等・中等段階でのアントレプレナーシップ教育をはじめとする、様々な教育カリキュラムの改革を提言した。起業を身近なものと考える文化の醸成といった、無形の改革の必要性も訴えた。「起業するとかスタートアップに入るなどと息子や娘に持ちかけられた親の受け止め方を変えなければならない」(小川統括主幹)。アントレプレナーシップ教育と併せて、スタートアップ会員企業の経営者を教育現場に講師として派遣する。