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 ハミガキはさまざまな材料を練り合わせて造る。湿り気を保つ湿潤材、歯垢や汚れを落とす清掃剤(研磨剤)、口の中に広げるための発泡剤、粘り気を保つ粘結剤や粘度調整剤、変質を防ぐ保存料、香料、薬用成分などから成る複雑な物質だ。

 製造時には、製造機で練り合わせた後、配管を通して充填機に送り、そこでチューブに詰めて製品にする。新製品開発の際に関門の1つになるのが、製造機から充填機まで安定的に送れるかどうかという「移送性」を確認する作業だ(図1)。

図1 ハミガキの製造には「移送性」が必要
図1 ハミガキの製造には「移送性」が必要
複数の材料を製造機で練り合わせ、充填機まで移送してチューブに詰める。練りが硬すぎると充填機まで思うように移送できない。移送性には粘度が大きく関わるが、ハミガキが動いているときの粘度は静置時とは異なるため評価が難しく、製品ごとにハミガキを動かす検証が必要だった。(出所:ライオン)
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 練り合わせた後の状態が硬くなりすぎると、充填機までうまく送れず、工場での生産に支障が生じる。そこで移送性を事前に確認し、不具合があれば組成を見直す必要がある。ところがパイロットプラントを組んで試作・実験しなければならず、「多くのスタミナ(時間や労力)を要する作業」(ライオンものづくり革新本部プロセス技術研究所副主席研究員の渡辺裕次氏)だった。

 ライオンは、この確認作業をコンピューターで実行するため、ハミガキの組成から移送性を予測するシステムを構築した。機械学習モデルによる2段階の推論を実行する。第1段階では組成を基に、粘度などの物性を予測。この物性の予測値を利用して、第2段階で移送性を予測する。

 日立製作所の支援を受けて人工知能(AI)を応用し、実現した。2023年からの運用を予定している。

組成から直接予測するのは難しい

 ハミガキの組成、すなわち材料の組み合わせ方は無限にある。最近は「歯周病を防ぐ」「知覚過敏を防ぐ」など、複数の機能を持たせるためにさまざまな成分を配合する製品がある*1

*1 個々の材料は「医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」に基づく認証を受けたものを使う必要があり、まったく新しい成分を簡単に採用できるわけではない。ただし、同じ成分でも他社よりもグレードの良いものを使って差異化を図るなどの競争があり、移送性に影響する場合がある。

 成分が変われば移送性も変わる。移送性に関わるのは湿潤剤や清掃剤、粘度調整剤などの構成比の大きい成分。微量の薬用成分は移送性に大きな影響を及ぼさないのが普通だが、その成分を守るための保存料などが移送性に関わる場合もあるという。

 新製品の移送性が十分でない場合には、組成を見直さなければならない。実験を待たずに組成を決めた時点で移送性を予測できれば、手戻りなくスムーズに生産を立ち上げられる。ではどうするか。これまでに蓄積した実験データによって機械学習を実行し、組成を基に移送性を予測できるモデルをつくればよい─のだが、「直接の予測は難しく、ハードルが高いことを確認している」(同社プロセス技術研究所の小島和晃氏)。

 そこで小島氏が考えたのは、いきなり移送性を予測するのではなく、いったん測定可能な幾つかのハミガキの物性を予測する2段階の仕組みだった(図2)。そう考えたのには理由がある。移送性を左右するメカニズムについて完全に明らかにはできていないものの、幾つかの物性について移送性との間に関係性がある、と既に一定の知見を得ていたためだ。組成からではなく物性から移送性を予測するのであれば、機械学習によってモデル化しやすいかもしれないという見込みがあった。

図2 2段階の機械学習モデルで移送性を予測
図2 2段階の機械学習モデルで移送性を予測
組成から移送性(見かけ粘度)を直接予測できる機械学習モデルの作成はかなりハードルが高いという。段階を2つに分け、粘度(静置時)など移送性に関与するとみられる物性を第1段階で予測し、その結果から第2段階で移送性を予測する方法で、良好な予測が可能になった。(出所:日経クロステック)
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