「タイヤにナノサイズのシリカ粒子を配合すると強度とグリップ性能が向上するが、同時に燃費性能が下がってしまう。それがなぜなのかは、よく分かっていなかった」(住友ゴム工業研究開発本部分析センターセンター長の岸本浩通氏)。原因が明らかになっていないこうした“経験則”のようなものが、タイヤのゴム材料開発ではいまだ多く存在するという。
そんな状況に一石を投じるのが、住友ゴム工業が導入した材料解析サービス「WAVEBASE」だ*1。同サービスを利用すれば、計測で得たビッグデータを活用してゴムの変形に伴う分子構造などのミクロな変化を連続的に解析できる。これまで技術者が推測していた現象の確度を高めたり、気づいていなかった変化を捉えたりと、ゴムの挙動に関わる様々な現象の解明に役立つ。ひいては高性能タイヤの開発につなげるのが同社の狙いだ。
WAVEBASEは、材料の分析に使う赤外吸収分光法やX線回折法、走査型電子顕微鏡(SEM)などで得た膨大な量の計測データを自動解析して、任意の特徴量を抽出できる。例えば、材料組織の大量のSEM画像から配合物の平均粒径などが分かる。住友ゴム工業は、このサービスをゴム材料の研究開発用に「システムを最適化した」(同社)上で導入した。具体的には、ゴム材料中の分子構造や添加剤の配置が分かる極小角X線散乱測定*2などに対応させた。
シリカ粒子の原因究明、解析時間は100分の1
住友ゴム工業におけるWAVEBASEの活用は始まったばかりだが、同社は従来の解析プロセスと比較すると「試算では解析時間が100分の1以下になる」(岸本氏)とみている。というのも、10年以上前に行った冒頭のシリカ粒子の添加によって燃費性能が下がる現象の研究も、WAVEBASEを使えばより短期間に解析できたはずと分かったからだ。その解析とは次のようなもの。
クルマの走行時、タイヤのゴムは常に伸び縮みしており、ゴム分子やシリカ粒子は配置を変えながらうねうねと動いている(図1)。従って、タイヤの性能をきちんと説明するには、ゴムを変形させながらゴム分子や添加剤の挙動を観察するほかない。同社はかねて、大型放射光施設「SPring-8」(兵庫県・佐用町)の極小角X線散乱測定を使ってそれらの挙動を解析し、研究を進めてきた。
同測定ではゴムの試験片を約10秒間引っ張りながらX線散乱像を毎秒1000枚、計1万枚ほど取得し、その散乱像から材料中のシリカ粒子の分散の様子を調べる(図2)。
X線散乱像を1枚1枚解析して時系列に並べると、まるで動画のようにシリカ粒子が動く様子を観察できる。ただし、1万枚のX線散乱像全てを従来手法で解析しようとすると4年ほどかかり現実的ではない。
そこで、当時は大量のX線散乱像から数枚を選んで解析し、研究を進めた。「とびとびのシリカ粒子の状態から、技術者がその間の動きを考察して現象を推定していた」(岸本氏)。それでも、ゴムの伸び縮みに伴ってシリカ粒子の高次凝集体*3が回転している様子を確認できた。クルマの走行時に、この高次凝集体の回転運動によってエネルギーロスが生じ、燃費性能の低下を招いていたのだ。同社はその結果を基に、シリカ粒子の凝集を抑制する工夫を施した低燃費タイヤを2012年に発売している*4。