全4297文字
PR

 2021年2月に政府がスタートさせた新型コロナウイルスのワクチン接種事業は、担当した厚生労働省の想定をはるかに超えて、事業の範囲や内容が変化し続けた。河野太郎ワクチン担当相(当時)のもとで接種を加速させるため、接種の機会が国の大規模会場や民間の職域接種に広がったうえ、ワクチンを全国に配送する業務の見直しが間断なく繰り返されたからだ。

 ワクチンや注射針など、国が調達した必要物資を全国の接種拠点に効率よく配送するため、厚労省がITベンダーと開発したのが「ワクチン接種円滑化システム(V-SYS)」である。システムの利用者は行政機関から民間企業などにも広がり、2021年2月の本稼働から1年での更新回数は125回に達する。特に接種の拡大期は、多数の機能を改修したシステム更新が週2〜3回の頻度で続いたという。

2021年7月の会見でワクチン配送方針を説明する河野太郎ワクチン担当相(当時)
2021年7月の会見でワクチン配送方針を説明する河野太郎ワクチン担当相(当時)
(写真:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 結果として2022年8月現在までの接種済みで累計3億1000万回分のワクチン配送業務の調整・管理はV-SYSで多くの部分を完結できた。ただしV-SYSに投じた関連費用は2022年度契約分までの3カ年でサポートデスク業務なども含めて累計約131億円と小さくはない。2022年度の契約分が7月時点で42億4000万円と、3回目以降のワクチン接種事業でもシステムの保守と改修に費用を投じている。

 緊急時は業務を臨機応変に変える必要がある。支援システムの柔軟さをどう保ち、業務を助けるか。新型コロナのシステム対応でまずさが目立った厚労省だが、V-SYSは緊急時に求められる行政システム開発のモデル事例の1つになった。V-SYSの開発をめぐる、厚労省とITベンダーの知られざる苦闘を明らかにする。

複数の想定シナリオで「決まらない要件」を乗り切る

 厚労省がV-SYSの調達と構築に本格着手したのは2020年夏。2020年7〜9月にかけてITベンダーを対象に入札を実施し、工程管理支援には一般競争入札で野村総合研究所(NRI)、システム開発には緊急時に認められる緊急随意契約を用いてNECを選定した。厚労省は「調達期間を短くしシステム開発を急ぐために緊急随契を選択した」と説明する。NRIの支援を受けて調達仕様書を作成し、競争入札と同様の手法で複数ベンダーからの提案を評価してNECを選定したという。

 厚労省は入札時の要件として、システム開発のベンダーに「仕様が変わりうる点を前提に柔軟に対応できること」を求めていた。また、短いサイクルで仕様を決めて開発をしながら仕様や機能改善を繰り返す「アジャイル開発」の態勢も、仕様書に明示しなかったが実質的に調達の要件として求めた。

 実際のところ、ベンダー選定の時点ではワクチン接種の業務について未決定の事項が多く、2020年10月以降のシステムの仕様づくりは困難を極めたという。厚労省は新型コロナワクチン接種に向け予防接種法を改正する準備に入っていたものの、政府方針や国会審議でどう着地するかは不確定だった。さらに配送や管理の対象となるワクチン自体の仕様が未確定で、情報も不足していた。

 当時、日本政府が海外製薬企業と調達の交渉をしていたワクチンは主に3種類あり、日本での接種開始が2021年8月と遅れた英アストラゼネカ製も当時は早期に接種が始まる有力候補だった。米ファイザー製は当初、マイナス80度の保管温度が必要とされ、ドライアイスや特別な冷蔵設備が必須とされていた。配送単位についても、接種1000回分以上を収めた箱単位の配送に加え、複数の小瓶(バイアル)などの小分け配送は温度管理面で可能なのかなど、厚労省にも十分な情報が入っていなかったという。

 そこで厚労省は複数のシナリオを想定し、NECとともにV-SYSの詳細仕様づくりを進めた。NRIも進捗の管理や成果物の検証などを手掛けた。接種の担い手が自治体のほかにも加わる可能性や、ワクチンの種類ごとに配送業務がどう変わるかなどの想定を加えて、複数の組み合わせに基づくシナリオを作成し、必要な機能を定義していく。

 2020年12月2日には国会で改正法が可決され、市区町村が接種を行い国が費用の全額を負担する態勢が確定した。法改正によりシナリオが絞り込まれ、各社のワクチンの仕様も確定的な情報が加わるごとに、厚労省らのチームはこれまでに開発した機能を取捨選択していった。

 2021年2月には医療従事者向けの接種開始に伴い、V-SYSが本番稼働を迎えた。

自治体の声を反映、見える化・配送短縮

 だが、V-SYSおよびワクチン配送業務はその後も目まぐるしく変わる状態が続いた。2021年1月に就任したばかりの河野ワクチン担当相のもとで、内閣官房ワクチンチームと厚労省、ITベンダーを交えた配送業務の見直しが続いたからだ。

厚生労働省が運用するワクチン接種円滑化システム(V-SYS)で配送量を自動計算するシミュレーション機能の画面。機能改善の一環で追加した
厚生労働省が運用するワクチン接種円滑化システム(V-SYS)で配送量を自動計算するシミュレーション機能の画面。機能改善の一環で追加した
(画像:NEC)
[画像のクリックで拡大表示]