近接覚センサーは、数cm以内にある至近距離の物体の形や向きを高精度で検出するセンサー。ロボットが物体をつかむ直前の瞬間に、物体の位置情報をリアルタイムで検知し続けるのが主な役割だ。対象物がガラスのような透明物でも、鏡面のある物体でも検出可能にした(図1)。
このセンサーを開発した大阪大学基礎工学研究科システム創成専攻助教の小山佳祐氏らは、2022年8月に同センサーの事業を推進するスタートアップThinker(大阪市)を設立した*。Thinkerは、当初はロボットハンドへの近接覚センサーの搭載を提案する方針。「バラ積みされていたり、形が不ぞろいだったりする物を、自ら感知し、考えてピックアップできる協働ロボットを実現するためのセンサーとして、現場への導入・普及に取り組む」(Thinker)としている。「ロボットが自ら感知して考える」という表現は、クラウドで動作する大規模なAI(人工知能)システムなどに頼ることなく、ロボット本体や付近に配置可能な小規模な情報処理装置しか必要としない、という意味だ。
協働ロボットで人間らしい動きを実現
バラ積みの部品や食品を拾い上げるロボットの例は既にあるが、形状が一定ではなく軟らかい物体を人間並みのスピードで扱えるロボットはまだない。例えば、コンビニエンスストアなどで入荷した菓子パンをトレーから出して陳列棚にてきぱきと並べていく作業は、人間には当たり前にできる。しかし、菓子パンの形状がさまざまである点、軟らかく潰れては困る点、透明なフィルムに包まれている点などの要因から、ロボットにとっては難しい。実現しても、現時点では人間の数倍の時間がかかってしまう。「まずは(導入が容易で気軽に使える)協働ロボットで、これらの動作をちゃんとできるようにしたい」と小山氏は語る。
「モラベック(Moravec)のパラドックスと言われていて、現在のロボットは、大人レベルの高度な推論によって動くとか、決まった位置を正確に動くのは得意だが、一方で3歳児にもできるのにロボットには苦手なことがかなり残っている」(同氏)。例えば「机の上の名刺を1枚だけ取る」「スプーンでスープやジャムをすくう」「ガラスを認識する」「電車のおもちゃをレールに沿って動かす」などだ。物体の形や位置、種類が一定でない場合でも3歳児にとってほぼ問題にならないが、ロボットは対応できない。
「ここができないまま放置していては、自動化できない作業がかなり残ってしまうから、ロボットを導入しても人間は楽にならない。ロボットは基本的には人間の仕事(の負担)を減らすために使われるべきだ」(小山氏)。Thinkerは近接覚センサーを「人間らしい動きをロボットで実現する手段」と位置づけており、試験管や個包装のマスクをつかむデモなどで可能性を訴える(図2)。