在宅勤務があるなら「在宅研究」も――。ロボット前提社会は医薬や創薬における研究現場の姿も変えるかもしれない。新型コロナウイルス禍を経て、ホワイトカラーの働き方には在宅勤務がすっかり定着した。専用の実験機器が必要で、実験室に行くのが当たり前だった研究現場でも、ロボットにより在宅研究が当たり前の選択肢になる兆しが見え始めた。
LabDroid(ラボドロイド)と呼ぶ、汎用ヒト型の研究支援ロボット「まほろ」は、2本のアームで人間が使う実験機器を使いこなす。人間が実験するようにピペットで試薬を吸引して添加したり、実験機器の扉を開閉し操作したりできる。研究者がプログラミングするとその通りに正確に動作し、実験を開始してから解析データを出すまで、一連の作業を人間の手を介さず完了できる。遠隔地から人が操作することも可能だ。従来の実験自動化ロボットは、分注や細胞培養などそれぞれの工程に特化して自動化するものだった。
まほろが複数の実験機器を使いこなせる理由は、ロボットの関節軸にある。まほろは一般的な産業用ロボットより軸が1つ多い7軸ロボット。二の腕をひねる関節軸で「肘をたたむ」動作を可能にしたことで、培養装置や遠心機をロボットのすぐそばに設置でき、各実験機器を使いこなせる。
扉をそっと閉める、人間の感覚を数値化
開発を手掛けるロボティック・バイオロジー・インスティテュート(RBI)の夏目徹取締役は、まほろの強みについて「人間の感覚や暗黙知を数値化し、ロボットで最適化することで匠(たくみ)の技をしのぐ」ことだと話す。試薬を「チューブの壁面に沿わせてゆっくりそそぐ」、培養装置の扉を「そっと」閉めるといった、感覚的な実験機器の取り扱いを数値化して細かく調整できる。研究者は、教育向けプログラミング言語「スクラッチ」のような要領で、実験手順を記したプログラムのパーツを組み合わせてロボットの動作をプログラミングできる。
まほろを生命科学研究に活用しているのが理化学研究所だ。理研を含めた研究チームは2022年6月、まほろとAI(人工知能)ソフトウエアを組み合わせたシステムにより、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を網膜色素上皮細胞に分化誘導する条件の探索に成功したと発表した。
iPS細胞の分化誘導は再生医療において重要な工程だが、効率よく分化誘導する条件の探索には時間がかかるうえに、限られた熟練研究者でなければ効率のよい分化誘導ができないといった課題があった。iPS細胞の分化誘導には試薬の濃度や処理時間など、複数のパラメーターを考慮する必要があり、高度な知識や経験が求められるのが一因。細胞を扱う強度にも細心の注意を払わなければならない。
研究チームは実験初期段階において、AIを使わず人間と同じ実験手順をまほろに実装するだけでも、分化誘導に成功していた。一方で分化誘導効率は低かったため、ロボットにとって最適な条件をAIに自律的に探索させた。試薬の濃度や処理時間など7つのパラメーターを組み合わせた48条件でまほろが実験し、結果を基に最適な条件をAIで探索した。最終的には、ロボットとAIで熟練の研究者と同等の効率で分化誘導することに成功した。