2022年10月に突如浮上した日本発の最先端半導体ファンドリー企業、Rapidus(ラピダス、東京・千代田)。同社の量産工場にも使われる先端半導体の設計、量産向け先端装置・素材といった要素技術の研究開発を担うのが、LSTC(Leading-edge Semiconductor Technology Center)という研究開発基盤だ。LSTCには物質・材料研究機構、理化学研究所、産業技術総合研究所、東京大学、東北大学、筑波大学、東京工業大学、高エネルギー加速研究機構、ラピダスなどが参加。理事長には、ラピダスの取締役会長である東哲郎氏、アカデミア代表に東京大学 元総長の五神真氏が就く。このLSTCにおいて、半導体回路設計技術を確立する責任者が、東京大学大学院工学系研究科附属システムデザイン研究センター教授の黒田忠広氏だ。同氏にラピダスの評価、今後の開発方針について聞いた。(聞き手は、大石 基之=日経BP 総合研究所、中道 理、久保田 龍之介=日経クロステック/日経エレクトロニクス)
ラピダスの設立をどうみますか。
ラピダスの短TAT(Turn Around Time)というコンセプトに非常に共感を覚えています。私が東京大学で2019年に(半導体のシステム設計に関するオープンラボである)「d.lab」を立ち上げたときに訴えたことを、まさに製造面で体現しようとしているからです。
d.lab設立の際、私は、2つの目標を打ち出しました。1つがエネルギー効率10倍。もう1つが開発効率10倍です。エネルギー効率10倍の方は、我々のリソースでは最先端の微細化チップには取り組めないので3次元実装でいこうと言いました。開発効率10倍はアジャイルというキーワードを出しました。このアジャイルを言い換えると「ラピッド」です。d.labでは、今は1年以上かけて設計しているチップを、半年でできないか、いやもっと頑張って3カ月でできないかということをずっと追いかけてきました。ラピダスはそれを製造でやろうとしているわけです。 時間にフォーカスするという点について、私はしっかり応援する立場です。
短TATという戦略でラピダスは勝てるのでしょうか。
チップ製造の歴史を考えてみると、30年前、20年前は1本道、つまりコストだけでした。それが10年ほど前からコストだけではなくてパフォーマンスも重要、つまりコストパフォーマンスになった。さらに、パフォーマンスにはパワー(電力)の要素がかなり支配的なので、パワーも、パフォーマンスも重要だ、と言い始めました。その後、微細化すればコストが下がるという時代ではなくなってきて、微細化が進まないけども面積(エリア)を小さくできればこれもコストに関係するということで、PPAC(Power、Performance、Area、Cost)と言うようになった。最近ではPPACに時間(Time)の「T」が加わってPPACTが重要といわれるようになった。この「T」のところで特色を出していくという戦略で進もうとしているのがラピダスだと捉えています。
(半導体市場に)遅れて参入して、(既に量産技術で先を行く)台湾TSMC(台湾積体電路製造)や韓国Samsung Electronics(サムスン電子)のようなメガファウンドリーと真っ向勝負しても勝てるわけがない。でも、今の市場は、先に述べたように20年前、30年前のどこが1番安く造ってくれるかだけの競争ではなくなってきているのです。時間というものも重視されるようになってきた。ラピダスはこの道で独自性を出す、あるいは相補的な役割を果たすということだと理解しています。ちなみに、パワーという観点については、各社がまさにど真ん中で勝負しているところで、ここだけにフォーカスしても勝ち目はありません。
「相補的」とはメガファンドリーに対してということでしょうか。
それだけではありません。日本独自で今から復権は難しいので、国際連携が必須です。政府の半導体戦略では、まず台湾、米国、その先には欧州など他の国々と連携するという構想があるわけです。
ここで考えてみてほしいのは、真正面から勝負すると意気込んで半導体製造を始める企業に対して、TSMCやSamsung、あるいは米Intel(インテル)といったファウンドリーが「一緒にやりましょう」と言ってくれるのか、ということです。相手の主戦場は侵さず、手を貸してほしいところを提供することで、相補的な関係を築く。そうでないと、お互いに手を結べないのではないでしょうか。
顧客は多様化しています。米Apple(アップル)のように年間何十億個のチップの生産を委託してくるような顧客がいる一方で、そんなに量はいらなくてタイム・ツー・マーケットを切実に望んでいる顧客もいます。前者はメガファウンドリーにお願いするが、後者はラピダスでサポートするというわけです。ラピダスに対して「コストで勝てるのか?」「十分な利益が出せるのか?」という議論を聞きますが、そのど真ん中のところは、TSMCやSamsungがものすごく強いところで、ここで真っ向から勝負をすることは考えていないのだろうということを、理解しておく必要があります。
かつて日本では、共通ファウンドリー構想といえる動きがありました。確かに当時、グローバルな連携はありませんでした。
当時はコストという1本道で戦っているで、世界と連携するという選択肢はありませんでした。周りの全員が競争相手でしたから。昔と今の大きな違いは2つあります。1つは、2nm世代になってくると、1社で技術を開発し、工場を建設・運営するにはリスクが高すぎるということです。チップを造る技術が難しくなっているので連携が必要なのです。もう1つは顧客の価値観が多様化しているということですね。先に話したように、安ければいいだけではなく、早ければお金を積むというユーザーも出始めている。そういった中で今の連携、国際連携というのが重要になってきているわけです。
2nm世代の半導体チップで、短TATを欲しているユーザー像はどのようなものでしょうか。
本当はすべてのユーザーが必要としています。端的な例はAI(人工知能)チップです。AIのアルゴリズムは月単位で進歩しています。1年あるいは2年も設計や製造に時間をかけて出来上がってきたAIチップに入っているのは、1年前、2年前のAIといえます。2年前のAIよりも1年前のAI能力の方が明らかに性能が高いわけです。1年前のAIよりも3カ月前のAIはさらに桁違いに進化している。AIで勝負したい人は、そのアルゴリズムを組み込んだチップを一刻も早く造りたいわけです。
どうやってラピダスは、短TATを実現するのでしょう。
それは分かりませんし、たとえ知っていても言えません。まさに、競争に勝つための秘策なわけですから。何か1つの技術で実現するというよりも、あらゆるところに手を入れていくということだとは思います。