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 日本半導体はGAA(Gate All Around)のような新技術を獲得できるか。2022年に設立された、半導体製造企業Rapidus(ラピダス、東京・中央)。同社が2027年の量産開始に向けて製造を目指すのが、GAAという先端技術を使った2nm世代プロセスのロジック半導体である注1)

注1)「2nm」のような長さは当初回路幅を指していたものの、微細化が加速するにつれて世代名を表す程度の意味しか持たなくなっている。

 GAA構造の量産に行き着ける企業は、世界でも限られている。ラピダスに同技術をノウハウ提供する米IBMも、量産技術までは持ち合わせていない。

 現状、日本企業が量産できる範囲は40n~60nmプロセス程度。この状態を一気にキャッチアップし、2nm世代に移行するのは実際どれほど難しいのか。トランジスタの基礎から順に追っていこう。

Q1:そもそもトランジスタはどう機能する?
Q2:何で集積化・微細化するの?
Q3:半導体チップはどんな構造?
Q4:半導体チップはどう作る?
Q5:EUV露光装置って何?
Q6:従来のプレーナFETは何が課題だった?
Q7:FinFETとは? どんなメリットがある?
Q8:日本がFinFETを量産できなかった技術的な難しさとは?
Q9:GAA構造とは? どんなメリットがある?
Q10:最先端のGAA構造はなぜ製造が難しい?

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Q1 そもそもトランジスタはどう機能する?

 ロジック半導体(IC)チップは入力された「0」または「1」の信号を演算することで動作する。この0または1の演算の根本にあるのがトランジスタである。トランジスタは簡単に言えばスイッチだ。このスイッチを何段にも組み合わせることによって複雑な演算を行っている。

 ロジック半導体で使われている「MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field Effect Transistor、金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)」と呼ばれるタイプのトランジスタを例にとろう(図1)。

図1 MOSFETの一種である「プレーナFET」の構造
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図1 MOSFETの一種である「プレーナFET」の構造
ゲート電圧を印加すると、ソースからチャネルを通りドレインに電荷が移動する(出所:日経クロステックが作製)

 「ゲート(G)」と呼ばれる部分に、ある閾(しきい)値以上の電圧を与えるか、与えないかによって、「ソース(S)」と「ドレイン(D)」という部分に電流が流れる。このゲートに電圧を印加するかどうかでドレイン-ソース間の電流をオン/オフできることがスイッチとなっているわけだ。

Q2 何で集積化・微細化するの?

 半導体チップに含まれるトランジスタの数は膨大である。例えば、米Apple(アップル)の「iPhone 14 Pro Max」に搭載されているSoC(System on a Chip)「A16 Bionic」には、約160億個のトランジスタを内蔵するとされる。回路幅は、肉眼で見えないウイルスよりもさらに小さい。

†SoC(System on a Chip)=集積回路のチップ上にプロセッサーコアやグラフィックス処理回路、メモリー、入出力(I/O)回路などさまざまな機能を集積したシステム。

 では、なぜこのように微細化を進めるのか。理由は主に4つ。(1)コスト削減、(2)低消費電力、(3)動作速度向上、(4)高機能化――である。

 (1)として、トランジスタの製造コストを削減できる。1枚のウエハーに含まれるトランジスタが増えれば増えるほど、トランジスタ1個あたりの製造コストが下がる(図2)。(2)(3)は、トランジスタが小さくなれば(正確にはゲート長が短くなれば)、オン/オフに必要とされる電子の個数および移動距離が小さくなるためである。小さな電力かつ素早い移動によって低消費電力、高速にできる。

図2 米IBMの2nm世代プロセスウエハー
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図2 米IBMの2nm世代プロセスウエハー
ウエハーは半導体材料で、前工程を経て内部に大量のトランジスタを形成する(写真:IBM)

 (4)の高機能化は、微細化によりトランジスタを大量に配置し、これまで複数のチップで実現していた機能を1つのチップで実現できる。1つのチップ内に複数機能を盛り込めれば、(2)と(3)の理由によって、機能間の通信を高速化できるとともに、省電力化できる。

Q3 半導体チップはどんな構造?

 図3に示すのは、米Intel(インテル)が2017年に発表した10nm世代プロセス半導体チップの断面図である。最下部付近(FE部分)にFinFETのトランジスタが配置されている。下部はトランジスタ工程(Front End Of Line、FEOL)、上部は配線工程(Back End Of Line、BEOL)と呼ばれる。

図3 Intelが発表した10nm世代プロセス半導体チップの断面
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図3 Intelが発表した10nm世代プロセス半導体チップの断面
FinFETを採用している。FE(Front End)層にトランジスタを内蔵する。図が示すのは、ほとんどが配線工程(BEOL)である「メタル(M)層」(出所:Intel)

 FEOLでは、シリコン(Si)基板上に、トランジスタや絶縁体となる酸化膜(SiO2)などを形成。BEOLで素子間を金属配線で接続する。なお、BEOL部分は金属配線の層で構成するため、「メタル(M)層」とも呼ばれる。

 このように金属配線を何層にも積み重ねるのは、論理回路を構成するためのトランジスタ同士を結ぶ配線のほか、チップの外部と信号や電力をやりとりできるレベルに配線の幅を拡大するという意味もある。

Q4 半導体チップはどう作る?

 半導体製造はFEOLやBEOLで構成する前工程と、組み立てや検査などを担う後工程から成る。

 前工程では、(1)洗浄、(2)成膜、(3)露光、(4)現像、(5)エッチングといった工程の繰り返しを行っている。

 まず、両面鏡面研磨のシリコン(Si)ウエハーを用意する。次に、(1)洗浄装置を使ってウエハーを洗浄。(2)絶縁膜となるSiO2膜などを成長させながら積み上げていく。(3)ウエハー表面に感光性樹脂(フォトレジスト)を塗布し、レーザー光を照射。回路を焼き付けるパターン原版となるフォトマスクを光が通り、ウエハー上に転写される(露光)。(4)レジストの露光部分は薬液で溶かす。(5)溶けた部分の下にある層を、薬品で溶かしたり、プラズマで削ったりして回路をつくる。この作業を何度も繰り返すことで、回路が完成する。

 BEOLで配線を経た後、後工程に移る。ウエハー上に形成した半導体チップを切断し、1チップずつ切り分ける。チップから信号線や電源線を取り出してパッケージ基板と接続するボンディング(接着)や、これらを樹脂などで封入するパッケージングを経て、IC製品が出来上がる。

Q5  EUV露光装置って何?

 緻密な回路の露光には、より短い波長の光が必要になる。波長が短ければ短いほど、細かな線が描け、結果として半導体性能が向上するからである。この法則は「レイリーの式」と呼ばれる。

†レイリーの式=波長が短く、レンズ開口数が多いほど解像性能が上がることを示した式。Rをパターンを形成することができる最小寸法(解像性能)、k1をファクター(定数)、λを波長、NAを開口数とすると、R=k1×λ/NAとなる。

 EUV(極端紫外線)露光装置は非常に緻密な露光を実現できるため、先端半導体の製造に欠かせない。波長が13.5nmとかなり短いからである。前世代で現在主流の液浸ArF露光装置と比べると、波長を約10分の1にした。2023年2月時点では、開発を担うのはオランダASMLのみである(図4)。

図4 オランダASMLのEUV露光装置「NXE:3400」の内部
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図4 オランダASMLのEUV露光装置「NXE:3400」の内部
装置の大きさはトラック並み。中央の真空空間で露光を行う(出所:ASMLの資料を日経クロステックが編集)

 EUV露光装置を使った露光の過程はこうだ。まず光源では、高速で落下するスズの粒に、2回に分けてレーザーパルスを照射。スズがプラズマ状態になることで、EUV光が発生する。この工程は「1秒間に最大5万回」(ASML)実施する。

 前世代の液浸ArF露光装置では、光をレンズに通して縮小投影し、微細なパターンを形成していた。ところが、EUV光はレンズをほぼ通過しない。そこで、複数のミラー(鏡)で代替している。

 EUV光はミラーに反射しながら、高精細フォトマスクであるレチクルに到達する。レチクルで反射した光は、干渉によって回路パターンを伝達できる。反射鏡を使うことで、レチクルのパターンを4分の1に縮小してウエハーに露光できる。

 なお、装置価格は1台数百億円と高い。納期も長く、ラピダスは同装置を2022年に発注し、「2024年末に導入できる見込み」(同社 代表取締役社長の小池淳義氏)と2年以上かかっている。