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 先端半導体の量産を主導する台湾TSMC(台湾積体電路製造)を擁する台湾からは、2nm世代プロセスの量産を目指すファウンドリー企業Rapidus(ラピダス、東京・千代田)はどのように見えるのか。同プロセスは、世界でも限られたトップファウンドリーが量産を目指す技術である。台湾に拠点を置くアナリスト集団Isaiah ResearchのVice PresidentであるLucy Chen氏に聞いた。

Lucy Chen(ルーシー・チェン)
Isaiah Research Vice President
Lucy Chen(ルーシー・チェン) 台湾・国立交通大学 応用化学専攻 修士課程修了。米Lam Research(ラムリサーチ)でEngineering Directorとして15年以上従事した経験などを経て、台湾アナリスト集団Isaiah ResearchのVice Presidentに就任。専門は半導体やサプライチェーン調査。半導体設計やIDM(QualcommやMediaTek、Intelなど)からファウンドリー(TSMCや Samsung、UMC、GlobalFoundries、SMICなど)、OSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test:半導体製造の下流工程とテストを担う企業)までのサプライチェーン分析を手がける半導体研究チームを率いる。半導体業界での経験は25年を超える。
【質問】ラピダスは2nm世代プロセス半導体を量産できるか?
【回答】技術的には可能だろう。ただし、収益性のある量産の実現はまだ難しい。

 2022年11月にラピダスの設立が発表され、2027年までに2nm世代プロセス半導体を量産する計画であることを明らかにしました。Isaiah Researchの見立てでは、量産は技術的には可能です。ただし、歩留まりや生産性を高め、利益を生み出せる水準を達成できるかにはまだ疑問があります。

 2nm世代プロセスの量産が達成可能なのは、海外企業からの支援や、日本の半導体材料・装置への強みがあるからです。

 ラピダスには、最先端の技術開発拠点やイノベーションハブを持つ、米IBMやベルギーimecからの強力な技術的支援があります。

 半導体材料では、同市場の半分以上を日本企業の製品が占めます。具体的には、レジスト、エッチングガスなどで日本企業がほぼ独占しています。

 半導体装置では、東京エレクトロンがエッチング装置で世界最大級のベンダーです。さらに、先端半導体に欠かせないEUV(極端紫外線)露光装置向けのマスクブランクス検査やレビュー装置を手がけるのも、日本企業であるレーザーテックです。同社はEUV露光装置市場の成長に伴い、さらなる受注を見込んでいます。

†マスクブランクス=フォトマスクを製造するための材料。

 これらの企業の支援によって2nm世代プロセスは量産可能です。しかしながら、われわれはスケールメリットを生み出す可能性はまだ低いとみています。理由は主に3つ。(1)先端ノードの量産経験不足、(2)資金の不足、(3)先端ノードを必要とする顧客の確保の不透明さ――といった点からです。

 まず(1)として、ラピダスは先端ノードの量産経験が不足しています。ラピダスにとっては、2nm世代プロセスの量産に必要な半導体装置や材料を手に入れるのは容易だとしても、一定のスケールメリットを得るにはプロセスインテグレーションや生産性の向上に向けた調整など課題が山積みです。

†プロセスインテグレーション=製造工程を組み合わせ、互いに矛盾しないようにして製造すること。

 2nm世代プロセストランジスタの基本構造として、GAA(Gate All Around) FETが挙げられます。GAAは部分的には前世代のFinFETから製造します。ラピダスにとっては、GAAあるいはFinFETの量産技術ノウハウを得ることが重要になります。

 ただ、このFinFETの量産技術をどこから得るのかが問題です。日本企業の現状の最先端ノードはルネサス エレクトロニクスの40nmプロセスで、CMOSプロセスとMCU(Micro Controller Unit、マイクロコントローラー)製品の生産技術に基づいています。10nm世代プロセス以降のノードを開発するには、GAAやFinFETのようなトランジスタの製造経験が要ります。両技術はリーク電流やエネルギー損失を制御するカギであり、これなしに2nm世代プロセスを高い歩留まり、かつ高性能で量産することは難しいからです。

TSMCも歩留まり向上に難航

 TSMCのFinFET 3nm世代プロセスを例にとりましょう。2022年下半期の量産開始時点では、40~50%のかなり低い歩留まりからスタートしています。前世代となる同5nm世代プロセスは2020年上半期、50~60%の歩留まりで始まりました。TSMCがより収益性のある75%以上の歩留まりに向上するには、最短でも、2023年下半期までかかりそうです。

 対する韓国Samsung Electronics(サムスン電子)はどうでしょうか。同社の3nm世代プロセスは2023年2月時点で20~30%の歩留まりとみられ、TSMCより低い数値です。高効率で生産するにはまだ時間がかかります。両社のような先端半導体で第一線を行く企業でも3nm世代プロセスの歩留まり向上には最短1~2年必要ですから、ラピダスの2nm世代は言うまでもありません()。

図 TSMCの3nm世代プロセスにおける歩留まり推移の予想(2022年下半期~2023年下半期)
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図 TSMCの3nm世代プロセスにおける歩留まり推移の予想(2022年下半期~2023年下半期)
(出所:Isaiah Research)

 (2)として、2nmプロセス量産に向けた資金不足があります。日本政府によるさらなる補助金、あるいは長期間の支援の継続が必要です。

 日本政府はここ数年間、半導体復権に積極的な姿勢を示してきました。TSMC熊本工場の設立に向けた補助金や優遇策はその一例です。ラピダスの2nm世代プロジェクトを円滑に進めるために日本政府は補助金を拠出しており、さらなる投資は後ろ盾となるでしょう。

 しかしながら、TSMCの年次投資額と比べると、日本政府の拠出金はまだ小規模です。2022年11月、日本政府はラピダスに700億円を拠出すると発表しました。大きな額ではありますが、TSMCがここ数年で平均して300億~400億米ドル(1ドル=131円換算で3兆9300億~5兆2400億円)の投資をしていることを考慮すると極めて小規模です。今後、ラピダスへの政府からの投資がどの程度増えるか、どの程度継続されるかに注視しています。