全5788文字
PR

 パワー半導体材料で注目株の酸化ガリウム(Ga2O3)が、2023年にいよいよ市場に登場する(図1)。シリコン(Si)、炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)に次ぐ久々の新材料だ。デバイス構造はショットキーバリアダイオード(SBD)で、電源の力率改善(PFC)回路などでの活用が見込める。今後Ga2O3が急拡大して、2030年にGaNの市場規模を抜くとの予測も出ている。

(a)FLOSFIA製
(a)FLOSFIA製
[画像のクリックで拡大表示]
(b)ノベルクリスタルテクノロジー製
(b)ノベルクリスタルテクノロジー製
[画像のクリックで拡大表示]
図1 酸化ガリウムSBDが2023年に相次いで実用化
[画像のクリックで拡大表示]
図1 酸化ガリウムSBDが2023年に相次いで実用化
酸化ガリウムを手掛けるFLOSFIAとノベルクリスタルテクノロジーの開発品の一例。両社のショットキーバリアダイオードが載った電源が市場に出てくる(a、b)。富士経済は酸化ガリウムの2030年の市場規模がGaNを上回ると予測している(c)(図と写真:(a)と(b)は日経クロステック、(c)は富士経済の調査を基に日経クロステックが作成)

 Ga2O3を筆頭とした「ウルトラワイドバンドギャップ(UWBG)半導体」〔一般にバンドギャップエネルギーがGaN(3.4eV)よりも大きい材料の総称〕は、電子機器の低損失化(SiC比3分の1以下に減少)と高耐圧化、一部は高周波動作に向き受動部品の小型化に貢献する。近年、Ga2O3以外の材料でも続々とブレークスルーがあり、2030年ごろにはその種類が一気に増えそうだ。

軍事・防衛や宇宙に活路

 ではUWBG半導体は一体どこで使われるのか。まず、民生用途での大規模な受注の可能性は、現状かなり低いといえる。発売当初の新材料デバイスは、価格が高くユーザーの手が伸びにくいうえに、SiCやGaN用にせっかく初期コストを投じたばかりの顧客が、そう何度も材料を変えることは難しいためである。

 比較的確度が高いのが、軍事・防衛と宇宙である(図2)。こうした特殊用途はコストを度外視して性能を求める傾向にあるためだ。

図2  UWBG(Ultra Wide Band Gap)半導体は要求性能の高い特殊用途に食い込む
[画像のクリックで拡大表示]
図2  UWBG(Ultra Wide Band Gap)半導体は要求性能の高い特殊用途に食い込む
想定されるUWBG半導体の普及シナリオ。高パワーや高周波への対応が求められる少数の用途から導入が進むとみられる。中でも、宇宙や軍事といった、コストを度外視してデバイス性能を追求する用途への適合性が高い(図:日経クロステック)

 軍事・防衛用途での開発事例は近年急増している(図3)。米国防総省のUWBG半導体に関する研究開発予算は、2022年に前年比7倍に急増し、2023年はさらに増えて865万米ドル(約12.1億円、1米ドル=140円換算)となる見通し。UWBG半導体は高周波対応や高パワーを生かして、軍事用レーダーやレールガン(電磁砲)といった超高出力兵器に活用できるからだ。特にレーダーでは、相手の攻撃を捕捉する、すなわち敵を上回る応答性が求められるので、UWBG半導体が切望されている。

[画像のクリックで拡大表示]
図3 軍事技術としての注目が集まる
[画像のクリックで拡大表示]
図3 軍事技術としての注目が集まる
軍事技術としてのUWBG半導体をめぐる最近の動き。米国防総省はUWBG半導体の研究開発予算を急増させている。軍事技術に関する輸出管理についての国際的な申し合わせ「ワッセナー・アレンジメント」で新たに酸化ガリウムとダイヤモンドが対象となり、各国で輸出規制が相次いでいる(図:日経クロステック)

 ダイヤモンドウエハーを開発するアダマンド並木精密宝石は、「軍事産業からも声がかかっている」(同社 ダイヤモンド基板開発統括本部 副統括本部長の金聖祐氏)と話す。β-Ga2O3基板を開発・販売するノベルクリスタルテクノロジーも、2020年度まで防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度の一環で研究を実施していた。研究成果報告書には「高耐圧大電流パルス電源用」と記載されており、同庁が肝いりで開発しているレールガン電源のスイッチングに使える可能性がある注1)

注1)同社代表取締役社長の倉又朗人氏は取材で「具体的な応用先は決まっていない」とコメントしている。

 2022年8月に軍事技術の輸出管理についての国際的な申し合わせ「ワッセナー・アレンジメント」で、新たにGa2O3とダイヤモンドが規制対象に追加されたのも、こうした軍事・防衛目的での研究が盛んになってきたことの裏付けである注2)

注2)輸出規制は米中対立が背景にあるとみられる。日本でも「輸出貿易管理令」として2022年12月から規制対象になり、「最終需要者を確認した上での許可制になる」(経済産業省)という。ノベルクリスタルテクノロジーは既に、「軍事用レーダーに適用可能な高抵抗基板は中国に輸出していない」(倉又氏)とコメントした。

 もう1つの宇宙用途でもUWBG半導体は適合性が高い。「ダイヤモンドは放射能、高温、低温などの過酷な環境に優れた耐性があるので、宇宙での利用に適している。例えば、人工衛星で使う電子機器だ」(金氏)

 バンドギャップが大きいということは、それだけ結晶を構成する原子間の結合が強い。つまり、UWBGは材料として壊れにくい傾向にある。ダイヤモンドの他に、少なくともβ-Ga2O3や窒化アルミニウム(AlN)も高い高温特性を持つことが確認済みだ。SiやSiCにはない唯一無二の強みを生かせば、コストを帳消しにして搭載が進む可能性がある。同様の理由から、原子力発電所の電子機器にも活用の余地がある。