小型電源やLiDAR(レーザー光による測距技術)への採用が進む窒化ガリウム(GaN)パワーデバイス。社会実装が始まってからまだ日が浅いが、現在の「横型GaN」(AlGaN/GaN HEMT)と呼ばれるデバイスの次を見据えた開発が早くも活況を迎えている。その有力候補が、横型GaNの兄弟ともいえる一連の“GaNファミリー”だ。
“GaNファミリー”は、Gaとアルミニウム(Al)を混晶化した窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)、横型・縦型などがあり、種類に広がりを持つのが特徴である(図1)。現在の技術的な成熟度から予測すると、2段階で発展していきそうだ。
第1段階は、(1)GaN基板を用いて縦に大電流を流す縦型GaN、(2)AlN基板上にAlGaNを形成する横型AlGaN(AlN/AlGaN HEMT)、(3)AlGaN/GaN HEMTのAlGaNをAlNに置き換えた特殊なGaN HEMT(GaN on AlN)。これらよりも技術的ハードルが高いのが第2段階のデバイス群で、こちらは(1)横型AlNパワーデバイス、(2)縦型AlGaNである。
こうした“GaNファミリー”は、現在のGaNよりも適用領域がずっと広い。そのほとんどの製品が耐圧650V以下の現在の横型GaNに対し、耐圧1000V~数千Vが視野に入る横型AlGaNや縦型GaNは、電気自動車(EV)や再生可能エネルギーなど、幅広い分野での需要が見込める。今後の展開によっては、シリコン(Si) IGBTや炭化ケイ素(SiC)、酸化ガリウム(Ga2O3)と競合することもあり得る。
さらにパワーデバイス用途のみならず、高周波デバイスの高出力化にもつながる。数百GHz~1THzの動作周波数が求められる第6世代移動通信システム(6G)用素子にまず使える。よりハイパワーなレーダーや衛星通信は、GaNでは対応しにくく、AlGaNのような高耐圧の材料の方がデバイス性能を上げられる。
低コストな手法でAlGaN HEMTを作成
横型AlGaN(AlN/AlGaN HEMT)パワーデバイスはこれまで、チャネル層であるAlGaNに電子を注入しにくく、抵抗が増加してしまう課題があった。これに対して東京大学 生産技術研究所 教授の藤岡洋氏の研究グループは2022年7月、「縮退GaN」という特殊な層を電極とチャネル層の間に設けることで解消したと発表した(図2)。
HEMTは、高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor)の略で、表面のごく薄い層をキャリアが高速に移動する構造のデバイス。一定の条件を満たした、例えばGaNとAlGaNのような材料をヘテロ接合すると、界面のGaN側に二次元電子ガス(2DEG)と呼ばれる、電子がたまった層が発生する。ここは電子の密度が非常に高く、高速に移動できる。
HEMTの材料を従来のGaNとAlGaNから、AlGaNとAlNに変えれば高耐圧化する。絶縁破壊電界がGaNの2.5M~3.5MV/cmに対し、AlNは12M~15MV/cm、AlGaNはその間の値と非常に大きいからだ。
東大の研究グループが開発した縮退GaNは、GaN結晶に1×1020cm-3以上の超高濃度のSi原子をドープして合成する。この結晶中の電子はエネルギー状態が高いため、AlGaNとのエネルギー障壁が小さくなる。結果として、電極とAlGaNとの抵抗が下がり、電子を注入しやすくなった。「AlN/AlGaN HEMTの一番の泣き所だった電子注入の課題が、これで解決した」(藤岡氏)とする。
この技術の際立った長所は、AlN/AlGaN HEMTをスパッタリングで成膜した点である。「現在のAlGaNはMOCVD(有機金属気相成長法、Metal Organic Chemical Vapor Deposition)で成膜するが、それよりもずっと安価につくれる。GaNにも適用可能」(藤岡氏)という。スパッタリング装置には汎用的な製品を使ったが、「窒化物半導体に適するように一部改良を加えた」(同氏)。
発表したデバイスのAl組成は50%。この素子のソース・ドレイン間距離は10.3μmと小型ながら、耐圧は1635VとAlGaN/GaN HEMTよりもずっと高く、特性オン抵抗は1.6mΩcm2と非常に小さい。