全4771文字
PR

 パワーデバイスとして高い潜在能力を持ちながら、長い間日の目を見なかったダイヤモンドに、ついに開花の兆しが見えてきた。ダイヤモンドベースのパワーデバイスの社会実装を目指すベンチャー企業が日本で立ち上がったのだ。大口径基板の開発やデバイス性能の向上によって、宇宙・軍事用途、ひいては車載や電動航空機などの民生用途で期待が高まっている。

2インチ基板が登場

 パワーデバイス材料としてのダイヤモンドは、バンドギャップ、キャリア移動度、熱伝導率などの重要指標が軒並み高い。そのため、ダイヤモンドは「究極のパワーデバイス」と称されてきた(表1)。

表1 ダイヤモンドはパワーデバイスの到達点の1つ
[画像のクリックで拡大表示]
表1 ダイヤモンドはパワーデバイスの到達点の1つ
パワーデバイスとしてのダイヤモンドは、耐圧(絶縁破壊電界)が非常に高く、キャリアの移動度や熱伝導率も極めて高水準という特徴を持つ。現時点で最高のポテンシャルを持つパワーデバイス材料といえる(表:日経クロステック)

 卓越した物性を誇る半面、技術の成熟度は炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)のはるか手前で停滞していた(図1)。基板の高品質化や大口径化が困難、硬いために研磨も困難、ドーピング技術が十分に成熟していない、高コストなど、挙げればきりがないほど課題山積だったためだ。

図1 実用化に向けた途上にある
[画像のクリックで拡大表示]
図1 実用化に向けた途上にある
パワー半導体材料としてのダイヤモンドの開発史。長い歴史を持つ一方、同時期に研究開発が開始されたSiCや、21世紀に入ってから出てきた酸化ガリウムに先を越されている。ポテンシャルは高いが技術的ハードルも高く、研究スピードが遅いともいえる(図:ニューダイヤモンドフォーラムのホームページに掲載された年表と取材を基に、日経クロステックが作成)

 ところが、近年技術的ブレークスルーが相次いでおり、停滞気味だったムードは一変しつつある。ダイヤモンドパワーデバイスの研究開発を進める佐賀大学 理工学部 教授の嘉数誠氏は、「パワー半導体関係のメーカーをはじめとした各所から毎日問い合わせが来ている。まだ様子見のフェーズのようだが、スイッチング性能や信頼性が気になっているようだ」と、産業界から期待が寄せられていることを明かす。

 技術革新の一例が、アダマンド並木精密宝石(東京・足立)の大型基板である。同社は2021年9月、直径2インチ以上(55mm)のダイヤモンド基板の量産技術を開発したと発表した注1)図2)。大型基板の登場によりダイヤモンドパワーデバイスの企業研究に拍車がかかるとしている。

図2 基板の大型化が進む
[画像のクリックで拡大表示]
図2 基板の大型化が進む
[画像のクリックで拡大表示]
図2 基板の大型化が進む
アダマンド並木精密宝石が開発した世界最大クラスとなる直径2インチ以上(55mm)のウエハー(左)と、ドイツAugsburg Diamond Technologyの92mmウエハー(右)。これまでは25mm(約1インチ)程度が上限だった(写真:左は日経クロステック、右はAugsburg Diamond Technology )

 同社の量産技術は、階段状に約7°傾斜したサファイア下地基板にイリジウムのバッファーを挟んでダイヤモンドをヘテロエピ成長させる「ステップフロー成長」と呼ばれるもの。大型化するとサファイア下地基板との剥離が難しくなるが、ステップフロー成長は傾斜方向に合わせた横方向(基板の水平方向)に成長するので、冷却時の応力も横方向に働く。それによりイリジウム層とサファイア層が自然と剥離できるようになった。原理的に8インチの基板にも適用できるという。

注1)同社が2インチ基板を開発する以前の2016年ごろにドイツAugsburg Diamond Technologyが92mm(約3.6インチ)基板の開発に成功している。ただこちらは「品質や再現性に疑問が残る」(ダイヤモンドパワーデバイス関連の技術者)といい、量産技術の確立までは至っていないようだ。

世界最高出力を更新

 アダマンド並木精密宝石のウエハーを使ってダイヤモンドパワーデバイスの研究開発を進める、嘉数氏と佐賀大学 理工学部 教授の大石敏之氏と同社の研究グループは、ダイヤモンドパワーデバイスとして世界最高出力となる875MW/cm2、電圧2568Vの動作を実現したと2022年春に発表した(図3)。デバイス構造は二酸化窒素(NO2)をp型ドーピングした横型MOSFETである。

[画像のクリックで拡大表示]
図3 パワーデバイスの高出力化が著しい
[画像のクリックで拡大表示]
図3 パワーデバイスの高出力化が著しい
佐賀大学とアダマンド並木精密宝石の研究グループが開発したデバイスの特徴と、その成果の位置づけ。出力電力875MW/cm2というダイヤモンドパワーデバイスとしての最高値を更新した。ウエハーの高品質化、表面加工技術の進展などにより、長年停滞していたデバイス性能の向上が日進月歩だ(図:佐賀大学の資料に一部日経クロステックが加筆)

 高性能化の要因は、ダイヤモンド表面に平坦(へいたん)化技術「CMP(Chemical Mechanical Planarization、化学機械研磨)」を適用した点。一般に、ダイヤモンドパワーデバイスを作製する際には、あらかじめダイヤモンド砥粒(とりゅう)によって表面を研磨する。こうした機械的研磨は表面を平らにできるが、より深い位置では砥粒の押し付けによるダメージが生じてしまい、抵抗の増加を招くという課題を抱えていた。

 研究グループはこうしたダメージを取り除くべく、機械的研磨後にさらにCMP研磨を施した。CMP研磨の詳細はアダマンド並木精密宝石のノウハウのため明らかでないが、「ダイヤモンド特有のエッチング技術」(嘉数氏)を使ったという。これによって抵抗の因子となるダメージがなくなり、デバイス性能を飛躍的に高められた。

 GaNパワーデバイスでは、出力2093 MW/cm2とより高い例もある。それについて嘉数氏は、「ダイヤモンドだと大学の研究室がごくシンプルな構造でつくっても、高性能になることが魅力」と語る。つまり物性のポテンシャルが極めて高いので、GaNをも上回る伸びしろがあるということだ。ただCMP研磨には200時間かかるなど、コストや時間に課題が残るのも事実だ。