パワーデバイスとして高い潜在能力を持ちながら、長い間日の目を見なかったダイヤモンドに、ついに開花の兆しが見えてきた。ダイヤモンドベースのパワーデバイスの社会実装を目指すベンチャー企業が日本で立ち上がったのだ。大口径基板の開発やデバイス性能の向上によって、宇宙・軍事用途、ひいては車載や電動航空機などの民生用途で期待が高まっている。
2インチ基板が登場
パワーデバイス材料としてのダイヤモンドは、バンドギャップ、キャリア移動度、熱伝導率などの重要指標が軒並み高い。そのため、ダイヤモンドは「究極のパワーデバイス」と称されてきた(表1)。
卓越した物性を誇る半面、技術の成熟度は炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)のはるか手前で停滞していた(図1)。基板の高品質化や大口径化が困難、硬いために研磨も困難、ドーピング技術が十分に成熟していない、高コストなど、挙げればきりがないほど課題山積だったためだ。
ところが、近年技術的ブレークスルーが相次いでおり、停滞気味だったムードは一変しつつある。ダイヤモンドパワーデバイスの研究開発を進める佐賀大学 理工学部 教授の嘉数誠氏は、「パワー半導体関係のメーカーをはじめとした各所から毎日問い合わせが来ている。まだ様子見のフェーズのようだが、スイッチング性能や信頼性が気になっているようだ」と、産業界から期待が寄せられていることを明かす。
技術革新の一例が、アダマンド並木精密宝石(東京・足立)の大型基板である。同社は2021年9月、直径2インチ以上(55mm)のダイヤモンド基板の量産技術を開発したと発表した注1)(図2)。大型基板の登場によりダイヤモンドパワーデバイスの企業研究に拍車がかかるとしている。
同社の量産技術は、階段状に約7°傾斜したサファイア下地基板にイリジウムのバッファーを挟んでダイヤモンドをヘテロエピ成長させる「ステップフロー成長」と呼ばれるもの。大型化するとサファイア下地基板との剥離が難しくなるが、ステップフロー成長は傾斜方向に合わせた横方向(基板の水平方向)に成長するので、冷却時の応力も横方向に働く。それによりイリジウム層とサファイア層が自然と剥離できるようになった。原理的に8インチの基板にも適用できるという。
世界最高出力を更新
アダマンド並木精密宝石のウエハーを使ってダイヤモンドパワーデバイスの研究開発を進める、嘉数氏と佐賀大学 理工学部 教授の大石敏之氏と同社の研究グループは、ダイヤモンドパワーデバイスとして世界最高出力となる875MW/cm2、電圧2568Vの動作を実現したと2022年春に発表した(図3)。デバイス構造は二酸化窒素(NO2)をp型ドーピングした横型MOSFETである。
高性能化の要因は、ダイヤモンド表面に平坦(へいたん)化技術「CMP(Chemical Mechanical Planarization、化学機械研磨)」を適用した点。一般に、ダイヤモンドパワーデバイスを作製する際には、あらかじめダイヤモンド砥粒(とりゅう)によって表面を研磨する。こうした機械的研磨は表面を平らにできるが、より深い位置では砥粒の押し付けによるダメージが生じてしまい、抵抗の増加を招くという課題を抱えていた。
研究グループはこうしたダメージを取り除くべく、機械的研磨後にさらにCMP研磨を施した。CMP研磨の詳細はアダマンド並木精密宝石のノウハウのため明らかでないが、「ダイヤモンド特有のエッチング技術」(嘉数氏)を使ったという。これによって抵抗の因子となるダメージがなくなり、デバイス性能を飛躍的に高められた。
GaNパワーデバイスでは、出力2093 MW/cm2とより高い例もある。それについて嘉数氏は、「ダイヤモンドだと大学の研究室がごくシンプルな構造でつくっても、高性能になることが魅力」と語る。つまり物性のポテンシャルが極めて高いので、GaNをも上回る伸びしろがあるということだ。ただCMP研磨には200時間かかるなど、コストや時間に課題が残るのも事実だ。