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ジョブ型人事制度に移行したり、社員のリスキリングを強化したりする日本企業が相次いでいる。この動きの中心にあるのがIT企業やIT職種である。背景にはDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応というニーズがある。緒に就いたばかりの日本流DX人的資本をめぐる5つの誤解を解き明かす。

 岸田政権が「新しい資本主義」の柱の1つと位置づける「人への投資」に向けた動きを加速させている。

 岸田文雄首相は2022年10月3日、所信表明演説で、リスキリング(学び直し)支援や年功序列的な職能給からジョブ型の職務給への移行など、企業間や産業間での労働移動円滑化に向けた指針を2023年6月までに取りまとめる考えを示した。個人のリスキリングに対する支援に5年間で1兆円を投じることも明らかにした。

人的資本経営を実践する日本企業は11.5%

 企業の成長の源泉となる「資本」として、人こそが投資対象であると捉え直す人的資本経営や人的資本の開示は世界的な動きだ。2018年にはISO(国際標準化機構)が人的資本に関する国際的な開示指針であるISO30414を策定した。

 欧米企業の人的資本への関与は深まる。2022年10月、PwCコンサルティングはグローバル大手企業約300社を対象にアニュアルリポートなどで開示された人的資本指標について調査した結果を発表した。社員1人当たり育成コストは北米の調査対象企業では2013年から2021年で開示割合が5倍に伸び、欧州では約半数に当たる46.3%の企業が開示している。社員1人当たり育成時間や女性管理職比率がPBR(株価純資産倍率)の向上に寄与することが分かった。

人的資本経営における主要3指標の海外の経年変化
人的資本経営における主要3指標の海外の経年変化
(出所:PwCコンサルティング)
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 一方、アビームコンサルティングが2022年10月に公表した、日本企業の「人的資本経営」実態調査によると、人的資本経営の実践を「全社で運用中」と回答した日本企業の人的資本経営担当者は11.5%にとどまった。

 ただし「既に導入・運用を開始している」とした企業は、年平均売り上げ成長率が10%以上の「成長企業」で51.6%だった一方、年平均売り上げ成長率が0%未満の「マイナス成長企業」で30.2%と、1.7倍の開きがあった。「成長企業のほうが人的資本経営については一歩リードしている」と同社の斎藤岳執行役員は話す。

人的資本経営の実践に関する取り組み状況とその比較。実践で「未検討」「情報収集・推進検討中」とした割合が過半だ
人的資本経営の実践に関する取り組み状況とその比較。実践で「未検討」「情報収集・推進検討中」とした割合が過半だ
(出所:アビームコンサルティング)
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ジョブ型やリスキリング、動きの中心はIT企業・職種

 人的資本への取り組みが潮流となりつつあるなか、ジョブ型人事制度に移行したり、社員のリスキリングを強化したりする日本企業が相次いでいる。この動きの中心にあるのがIT企業やIT職種である。背景にはDXへの対応というニーズがある。

 「日本企業の職能資格制度は1970年代に年功序列を打破するために生まれたが、結果として年功的になった」。パーソル総合研究所の小林祐児上席主任研究員は語る。職能資格制度とは職務遂行能力によって社員の職能資格を設け、それに基づいて昇進や昇格、昇給を決める制度のことだ。一般に個人の職務遂行能力は経験を積むほど上がるため、結果として年功序列的な運用が残った。

 ただし社会のデジタル化が進展するにつれて「職務遂行能力」という漠然とした能力尺度では、AI(人工知能)やデータサイエンス、セキュリティーなどの先端技術が扱える高スキル人材の採用や処遇が難しくなった。対応策として、マネジメントコースと専門職コースなど複数のキャリアコースを用意する複線型人事制度などが生まれた。ジョブ型人事制度はこうした複数のキャリアコースに職群なども加味したうえで、より細かく職務(ジョブ)に分けたものと捉えることができる。

 近年、社会のDXが急速に進み、企業は生き残りのためにより多くのデジタル人材を必要とするようになった。社外から獲得するだけでは足りず、社内で育成する必要が出てきた。そこでリスキリングが注目を浴びている。

 ジョブ型など自社に合った人事制度やリスキリング、高度デジタル人材の確保、経営人材の選抜・育成などといった個々の人事施策を連携させながら、それらを通じて人的資本経営を実現する。そのことによってDXを成し遂げ、イノベーションの創出につなげる。「DX人的資本経営」がいよいよ動き出した。