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パワー半導体の量産に適用可能な高品質・大口径のGaN基板の実現に成功

 これらGaN基板が抱えている課題の根本的な原因は、GaN結晶の成長方法にある。現在量産されているバルクGaN基板は、サファイア基板上にHVPE法(ハイドライド気相結晶成長法)と呼ばれる気相成長法によってGaN結晶を成長させて作られている。サファイアなどを結晶成長の基材として利用すると、GaNとの格子定数の違いから、転位がたくさん発生してしまう。加えて、HVPE法では、約1000℃と高温で結晶成長させるため、成長後に常温に冷却すると基板全体が反ってしまい、オフ角が生じてしまうのだ。

 現在バルクGaN基板の量産に利用されているHVPE法とは別に、高品質な結晶の成長が可能な方法として、「アモノサーマル法」と呼ばれる方法がある。アモノサーマル法とは、人工水晶の結晶を成長させる方法として工業化されている水熱合成法を応用した技術である。圧力容器内に封止したアンモニアを温度と圧力を高めて超臨界状態とし、そこにGaN多結晶を溶解させてGaN種結晶上に単結晶を再析出させる。GaN種結晶を基材として利用していること、さらには基本的に液相成長であることから、高品質な単結晶を作ることが可能だ。「ただし、アモノサーマル法では、結晶成長の過程で安定面が出現すると成長が止まってしまう。この現象があるため、4インチ基板が実現できることは確認されているが、さらなる大口径化に向けた技術の確立には時間がかかる」と森教授は語る。

 これに対して、高品質なバルクGaN基板の作成が困難だった状況は過去の話になりつつあり、最近になって状況が劇的に改善している。既に、高品質で低コストなバルク基板の量産に道を開く技術が確立されつつあるのだ。大阪大学は、豊田合成と共同で、「Naフラックス法」と呼ぶさらに別のGaN結晶の成長方法をベースにして、そこに「ポイントシード法」と呼ぶ大口径基板の作成を可能にする技術を組み合わせて課題を解決する技術を開発した(図2)。

図2 Naフラックス法とポイントシード法を組み合わせて、高品質で大口径のバルクGaN基板を作成可能に
図2 Naフラックス法とポイントシード法を組み合わせて、高品質で大口径のバルクGaN基板を作成可能に
(出所:大阪大学)
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 Naフラックス法とは、30~40気圧の窒素雰囲気中にNa/Ga溶液をさらし、溶液中に窒素を溶解させて過飽和状態にすることで、GaN結晶を析出させる方法である。1996年に東北大学教授の山根久典氏が考案した技術である。Naフラックス法は、たとえ種結晶が低品質でも、その上に高品質な結晶を成長できる点が特長である。ただし、この方法単独では、一つの小さな点からきれいな結晶を成長させることはできるものの、大きな結晶を成長させることができなかった。そこで、あらかじめ大きな基材上に種結晶を数多く分散配置しておき、結晶成長の過程でそれぞれを合体させ、単一の結晶とするポイントシード法を適用することで大口径の基板を作成したできるようになった。

 開発した方法を適用すれば、「転位密度が104 /cm2以下で、6インチ基板のオフ角分布が0.2゜というパワー半導体の量産に適用可能な理想的結晶が得られる」(森教授)という。既に、6インチの世界最大のバルクGaN基板の作成に成功している。しかも、より大口径の基材と多くの種結晶を利用すれば、10インチといったさらに大口径の基板を、結晶成長のスループットを落とすことなく実現可能であるという。

 さらに、出来上がったバルクGaN基板を種結晶とし、単独では大口径化に限界があったアモノサーマル法に適用することで、低コストで高品質・大口径のバルク基板を作成するというアイデアも出てきている(図3)。こうした方法ならば、「現状のSiC基板に匹敵するコストで、大口径のバルク基板を作成できるようになるだろう」と森教授は語る。大阪大学や豊田合成などが参画する環境省の「令和4年度 革新的な省CO2実現のための部材や素材の社会実装・普及展開加速化事業」に、アモノサーマル法の技術を有する三菱ケミカルが加わり、この構成を実践・効果実証する計画である。

図3  Naフラックス法とアモノサーマル法を組み合わせる
図3  Naフラックス法とアモノサーマル法を組み合わせる
大口径化と高品質化が得意なNaフラックス法と高品質化が得意なアモノサーマル法の組み合わせでSiCウエハーより低コストのGaNウエハーの実現可能性が現実的になってきた。(出所:大阪大学)
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