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 炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などワイドバンドギャップ(WBG)材料と呼ばれる新しい半導体材料をベースにしたパワー半導体の技術開発と活用に注目が集まっている。環境省の「革新的な省CO2実現のための部材(GaN)や素材(CNF)の社会実装・普及展開加速化事業」などにおいて、GaN基板の高品質化と、高品質な基板の活用を前提としたデバイス開発に取り組む大阪大学教授の森勇介氏に、GaN関連技術の研究開発の現在地と、研究成果が今後のパワー半導体の活用シーンに与えるインパクトについて聞いた。

 既にWBG材料を使ったパワー半導体の実用化は始まっている。米Tesla製電気自動車(EV)のモーター駆動用インバーターにSiCデバイスが利用されていることを耳にしたり、家電量販店などでGaNデバイスを採用した極めて小型なACコンバーターが販売されているのを目にしたりしたことがある人も多いのではないか。WBG材料をベースにしたパワー半導体ならば、高電圧動作する電気電子回路の性能と電力効率を、Siベースの従来デバイスよりも飛躍的に高めることができる。

 現在実用化されているSiCとGaNのデバイスは、応用先で求められる耐圧(定格電圧よりも高い、信頼性を維持するために保証すべき電圧)の違いによって、おおよそのすみ分けがなされている。耐圧1000V以上ならばSiC、1000V以下ならばGaNというものだ。こうしたすみ分けは、パワー半導体メーカーと、応用を開発するユーザー企業の間で暗黙のコンセンサスが取られているように見える。

 ところが今、こうした状況が一変する可能性が出てきている。GaN基板の欠陥(転位)密度を大幅に低減させて高品質化することで、SiCの応用領域の性能・効率をさらに上回るGaNデバイスを量産できる可能性が見えてきたからだ。研究レベルでは、それを裏付けるデータが着々と蓄積されてきている。大阪大学教授の森勇介氏は、こうした活動の最前線に立っている。

パワー半導体の適性が高いはずのGaNの社会実装を阻む3つの課題

 本来、物理特性から見れば、パワー半導体を作る材料としての適性は、SiCよりもGaNの方が優れている。

 MOS FETを作った際の電力効率をSiに対する相対値で表した「バリガ性能指数」で両材料を比較すると、4H-SiCが500であるのに対し、GaNは900とより高効率である。また、耐圧を示す絶縁破壊電界強度もSiCは2.8MV/cmであり、GaNは3.3MV/cmとGaNの方が高い。一般に、低周波動作させた場合の電力損失は絶縁破壊電界の3乗に、高周波動作では2乗に反比例するため、GaNの電力損失の方が少ない(電力効率は高い)。

 では、なぜGaNは、特に高耐圧の領域においてSiCに実用化の先行を許しているのか。SiCでは、MOS FETの形成に必要なSiO2を形成しやすいなどの要因もあるが、「GaN基板が大きく3つの課題を抱えていたことが大きい」(森教授)からだという(図1)。

図1 大阪大学 森勇介教授が挙げる、GaN基板が抱えていた課題
図1 大阪大学 森勇介教授が挙げる、GaN基板が抱えていた課題
(出所:大阪大学)
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 1番目の課題は、バルク(GaN結晶の塊)ウエハーの口径が小さく、低コストのデバイス生産ができない以前に、十分なデバイス試作さえできない状況だったこと。これまでは2インチ基板しか入手できず、ようやく4インチ基板が出回り始めた状況だ。商業化した用途のパワー半導体の量産には、6インチ以上の大口径化が必須だとされているが、現状では、その要求に応えるデバイスは量産に至っていない。ちなみに、先述したACアダプターなどに応用されているGaNベースのパワー半導体は、最大6インチのSi基板上にGaN層を形成したウエハーを使って製造している。ただし、SiとGaNでは結晶の格子定数が異なるため、デバイスを形成するGaN層の欠陥密度が高く、高耐圧・大電流への対応に向く縦型FETを形成できない。横型HEMTを形成しても、高性能化には限界がある。

 2番目の課題は、バルクのGaN基板自体が低品質だったこと。現時点のバルク基板は、転位密度が最大106/cm2と高く、パワー半導体の製造には向かないレベルの品質である。しかも、オフ角分布(反りを示す指標)も2インチ基板の場合0.2゜と大口径化や低コスト化が困難なレベルのままだ。こうした低品質の基板でも光デバイスの製造には適用可能である。しかし、基板上の広い領域で電流を流すことになるパワー半導体に適用すると、転位が耐圧・電流量・生産歩留まりが低下するなどの要因となってしまう。パワー半導体に適用するならば、耐圧が0.65~3.3kV、電流量がデバイス1チップ当たり100A以上、生産歩留まりが90% (低転位化と低反り化が必須)と高い技術要件を満たす転位密度に抑えなければならない。

 3番目の課題は基板の価格が高いこと。現状では2インチ基板の価格は、10万~20万円である。コストが高くなる理由は、高品質なGaN結晶を、高いスループット、かつ大口径化できるサイズにまで成長させられる技術が確立されていなかったからだ。パワー半導体の量産に適用するためには、6インチ基板で10万円以下であることが要求される。