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 「レーダーや無線通信システムに向けた高周波デバイスは、GaN on GaN基板を採用することで、さらなる高性能化が期待できる」と、三菱電機 先端技術総合研究所 先進機能デバイス技術部 主席技師長の柳生栄治氏は語る。同社は環境省の「令和2年度 革新的な省CO2実現のための部材や素材の社会実装・普及展開加速化事業」において「GaN系半導体を適用した船舶用レーダーの開発・検証」プロジェクトに取り組んでおり、今後のGaN自立基板への期待を聞いた。

 三菱電機は、各種レーダー、衛星通信装置、5G基地局などを開発・生産しており、それら応用システムに搭載する高周波デバイスも社内で開発・製造している。開発・製造しているのは、1GHzから10GHz以上で動作する、1Wから100W以上の出力を扱う性能を備えた横型GaN HEMTデバイスである。

高周波デバイスに使用する基板、SiやGaAsからGaN on SiC中心へ

 現在、多くのシステムメーカーや半導体メーカーが、高出力・高効率な高周波デバイスを製造する際の基板としてGaN on SiC基板を使用するようになった。高周波デバイスの応用市場では、Si基板やGaAs基板をベースとしたデバイスから、より高性能なGaN on SiC基板をベースとしたデバイスへの置き換えが進行中である(図1)。GaN on SiC基板ベースの高周波デバイスの市場規模は、年平均14%で成長しているという。5G基地局をはじめとする無線インフラに向けた応用市場で、より高性能な高周波デバイスが求められるようになったことが、こうした基板の置き換わりを後押ししている。

図1 高周波領域では、GaN on SiCベースのデバイス活用が拡大
図1 高周波領域では、GaN on SiCベースのデバイス活用が拡大
出所:三菱電機
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 現時点での高周波デバイスの市場規模自体は、あらゆる応用を総計しても、2022年時点で15億米ドルと決して大きくはない。ただし、世界中で進行しているデジタル化の波によって、着実かつ継続的な成長が望める市場である。現在では、その半数をGaN on SiC基板ベースのデバイスが占め、その割合は増え続けている。

 GaN on SiC基板をベースにした高周波デバイスの開発・製造に注力している点では三菱電機も同様だ。

 同社におけるGaNベースの高周波デバイスの開発の歴史は古く、1998年には基礎検討を開始し、2008年には社内で開発・製造する応用システム向けで実用化した。2010年からは、人工衛星に搭載するアンテナに向けた数GHzの帯域に相当するL/S/C帯用のGaN増幅器デバイスを、2011年からは衛星通信アンテナ(地上局)に向けた数GHz~20GHz帯に相当するC/Ku/Ka帯のGaNデバイスを実機投入。グローバル市場で高いシェアを得ている。さらに、衛星通信向けで培った高性能、高信頼を実現するGaN高周波デバイスの技術を生かした半導体製品を量産展開。今後の成長が期待される5G基地局向けに、高効率、低コストのGaNデバイスを商品化して外販している。

GaN on SiC固有の課題をGaN on GaNで解決

 世界的に見て多くの利用実績を持つGaN on SiC基板をベースとした高周波デバイスだが、柳生氏は「さらなる高効率化と低歪化を実現するための技術と安価なデバイスを実現するためのSiC基板調達環境に課題がある」とGaN on SiC基板固有の課題を指摘している。

 GaN層をエピタキシャル成長させる際の基材として利用するSiC基板は、米国の基板メーカー2社、米Wolfspeedと米Ⅱ-Ⅵのシェアが圧倒的である。比較的供給元が多いパワー半導体向けではこの2社のシェアが70%強にとどまっているものの、高周波デバイス向けで求められる高抵抗値の基板は寡占状態にある。そして、こうした寡占状況が、デバイスの低コスト化を阻む要因となっている。

 性能面では、GaNとSiCは結晶にミスマッチが起きるため、GaN結晶中にデバイス特性を劣化させる転位(結晶欠陥)が発生(図2)。現状、それでも製品として機能できているものの、さらなる高効率化や低歪化の実現は難しい。また、高電圧パルス動作をさせる際には、電流コラプス(大電流かつ高電圧を印加することでオン抵抗が増加する現象)と呼ぶGaN HEMT固有の現象が発生し、これが効率の低下を招く。

図2 SiC基板とGaN層の結晶ミスマッチでデバイス特性を劣化させる転位が発生
図2 SiC基板とGaN層の結晶ミスマッチでデバイス特性を劣化させる転位が発生
出所:三菱電機
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 三菱電機は、これらの課題を解決するための方策として、GaN on GaN基板の導入を検討。「GaN on GaN基板を活用することで、転位密度を2ケタ低減させて、電流コラプスを抑制。効率を7ポイント、線形利得を最大3dB向上させ、三次相互変調歪も最大2dB改善できることを名古屋大学と確認した」と柳生氏はいう(図3)。

図3 GaN on GaNでGaN on SiCベースのHEMT固有の課題を解決
図3 GaN on GaNでGaN on SiCベースのHEMT固有の課題を解決
出所:三菱電機
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 デバイスを形成するGaN層の基材となるGaN基板には、高抵抗のGaN基板が必要になる。現在は、ほぼパワー半導体や発光デバイス 向けの低抵抗基板しか供給されていないが、GaN基板のサプライヤーは日本企業が中心であり、要求仕様に見合った基板を供給してもらえれば安定調達も期待できる。

 現在、三菱電機は、古野電気と共同開発する船舶用GaNレーダーへの搭載を想定して、GaN on SiCベースとGaN on GaNベースのデバイスをそれぞれ開発。2ステップでシステム性能の検証を行っている。最終的には、船舶用レーダーや気象用レーダーへの適用を想定している。

 開発している高周波デバイスは、GaN HEMTを約100個並べた 200Wチップを作成し、これに周辺回路も併せてパッケージングした200W増幅器を作成する予定である。GaN HEMT の効率の目標は70%であり、増幅器の効率目標は50%だという。現行市販品の効率は38%であるため、飛躍的な性能向上が期待できる。