河野太郎デジタル相は2023年1月17日、スイスで開催された世界経済フォーラム年次総会(通称「ダボス会議」)で登壇した。「信頼性のある自由なデータ流通(Data Free Flow with Trust、DFFT)」を実装するための新たな国際的な枠組みの創設を提唱し、グローバル企業経営者や国際非政府組織(NGO)代表などに参画を訴えた。
約4年前の2019年1月、同じダボスの地において当時の安倍晋三首相が提唱したDFFTという構想は、2023年4月に群馬県で開催される「主要7カ国(G7)デジタル・技術相会合」に向けて、その具体化が期待されている。河野氏が提唱した枠組みである「Institutional Arrangement for Partnership(相互運用のための制度的取り決め、IAP)」は、どういった課題意識に基づき、どのようなものとして提案されているのだろうか。5つの視点を基に概説する。
(1)規制の断片化ではなく、相互運用性などの向上を目指す
提唱から4年、DFFTは着実に前進してきた。日本が議長国を務めた2019年の20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)で賛同を得て、世界が目指すべき構想となり、世界貿易機関(WTO)などにおける電子商取引交渉でも指針として用いられてきた。G7では、2021年の英国開催時に「DFFT ロードマップ」[1] 、2022年のドイツ開催時に「アクションプラン」[2] が公表され、議論が進められてきた。直近では、2022年12月に経済協力開発機構(OECD)において「信頼性のあるガバメントアクセスに関する高次原則に係る閣僚宣言」が採択されるなどの進捗が見られる[3] 。
このように、DFFTは世界のルール形成に影響を与え、粘り強い外交交渉によって徐々に具体化されつつある。しかし、国際的な協調や合意に達するには、さらに時間を要すると予想される。これは、本特集第1回において「崇高な理想を掲げたDFFTであるが、その意味するところについては、各国が様々な捉え方をしている」と指摘され、「欧州、米国、中国で同床異夢」と形容されている通りだ 。2023年のダボスのテーマは「分断された世界における協力の姿(Cooperation in a Fragmented World)」だったが、データに関するルールも、ジオポリティクス(地政学)から切り離すことは困難といえる。
こうした現状認識を日本政府も有しており、少なくとも短期・中期的には、相互運用性(interoperability)または相互適合性(compatibility)の向上を目指す方向性が示されている。
河野氏は米国ワシントンDCの戦略国際問題研究所(CSIS)で2023年1月11日に講演した際にも、IAPを創設する考えを発表していた。その際に、「米国はデータフリーフローをより重視、欧州はプライバシー保護をより重視するなど、各国によってデータに対する考え方や政策は異なっている」と述べた[4] 。
また経済産業省は、冒頭で紹介したDFFTを実装する新たな国際枠組み「IAP」について、「基本的なスタンスは、『各国の規制のあり方には口を挟まない』ことだ。規制がある中で互いにどう協力できるかを探り、両立に少しでも近付ける」と説明している[5] 。
(2)政策・制度に加えて、技術対応が重要
各国のルールを尊重しつつ、相互運用性を高めていくに当たって重要となってくるのは、制度協力と技術による対応であり、実社会における検証である。言い換えれば、国境を越えたデータ流通に関する課題を解決するアプローチには、協定や政策だけでなく、技術対応や標準化も有効であり、前者と後者をつなぐ取り組みを推進することが目指されている。
例えば、2022年の「DFFTアクションプラン」における「規制協力の継続」という項目では、「プライバシー強化技術(Privacy Enhancing Technologies、PETs)」が言及されていた。PETsとは、プライバシーの保護とデータ活用の両立を目指す技術群を指し、差分プライバシー(differential privacy)、秘密計算技術(secure multiparty computation)、フェデレーテッド分析(federated analysis)などが含まれる[6] 。PETsのような技術をデータガバナンスの中に取り込み、技術認証や標準化を進めることが、各国の規制の断片化に対抗する近道になるかもしれない。
規制の断片化に対抗し、G7やWTOなどで行われているハイレベルな議論を、企業や研究機関によって行われている技術開発やプラットフォーム構築に結び付けるために、具体的な制度的枠組みが必要となる。規制協力と技術対応をさらに加速させるための中核となる枠組みとして、IAPの創設が提案されている。