筆者が所属するマネーフォワードは、金融機関口座のデータを本人の同意に基づいて自社サービスから参照し、家計や企業の財務活動の管理に役立てている企業である。約10年前の創業時にはこのような事業者には明確な位置づけがなかったが、金融産業におけるデータ接続が進む中で、金融法制における規制業種となり、データの活用とサービス提供者として必要となる信用・信頼についても向き合う業種となった。本稿ではそのような企業の立場から見た「信頼性のある自由なデータ流通(Data Free Flow with Trust、DFFT)」への期待をお伝えしたい。
先に結論から述べると、一企業としてDFFTに期待するのは、日本においてDFF(自由なデータ流通)の価値の実現例がまだ乏しいことと、T(信用・信頼)の不足がアナログ手段に対してデジタル手段の利便性を損ねている問題について、何らか異なる次元での解決に政府がコミットする必要があるのではないか、ということである。
DFFの価値
「データは21世紀の石油」といった例えが長らくいわれてきた。実際に産油国のようなアナロジーが成立するなら、データを大量に保有すること自体が価値となっている企業があるはずである。
だが、多くの説得的な例(典型的にはビッグテック企業だろうか)では、米Amazon.comにおける電子商取引(EC)のように、まずユーザー体験があり、そこで蓄積されたデータ(購買履歴)が、次のユーザー体験の呼び水となっていくような形をとる。ユーザー体験を起点にした競争力のループの実現にさまざまなテック企業が躍起になる中で、これ自体は日本におけるさまざまなSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の勃興を見ても実現されつつあるといえる。筆者も「ユーザー体験は21世紀の石油」と呼ぶならば腑(ふ)に落ちると感じる。
問題は、ここからさらにDFFの価値をどう見るかである。商流以外の企業間のデータがユーザー体験として結合されることは、実例としても多数あることである。SaaSにおいては利用者による複数の同意に基づいてデータが結合される。だが、そこにスムーズさが伴っているかというとそうでもなく、このあたりに事業者の現実的な課題が出てくる。
筆者は金融データの接続という観点で、そのメリットも課題も第一線で見てきた。実務的には共創的な付加価値を作れるかという観点と、さまざまなソフトウエアを個人・法人が当たり前に使う社会を前提にしたときに、利用者が保有データとソフトウエアを結合できない不便さに耐えられるかという観点の2つが重要となってくる。
金融APIのあらまし
昨今、会計ソフトや家計管理サービスなど、金融機関口座における入出金や残高情報をインプットとしてサービスを提供する企業は、金融庁に電子決済等代行業という銀行法上の業として登録を行い、銀行などと契約をしてAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を利用することができる。
従来、このような業態は利用者から金融機関にログインするIDとパスワードを暗号化して預かり、ユーザーの代理人としてウェブスクレイピングと呼ばれる、データの自動取得サービスを提供するような立ち位置にあった。だが、認証・認可のあるべき関係を構築するべく2015年以降、実務面、法制度面での整備が進んだ。
データ参照用のAPIは合鍵のように機能する。利用者はアプリ内で口座連携の意思を入力した後、金融機関のサイトに自らログインして、第三者であるアプリに向けて、口座情報の参照だけを行う(振り込みや登録情報の変更などはできない)合鍵の発行を受けることができる。この合鍵には1年といった利用期限があるほか、利用者側・金融機関側の双方から破棄することもできる。いったんアプリ側に合鍵を預ければ、利用者がアプリを利用していないときでも、金融機関側から正確な口座情報の連携を受けることができる。例えば、残高が少ない、今月はすごい赤字になりそう、給与振り込みが行われた、といった情報をタイムリーに利用者に届けることができる。
データ流通の観点でこのような接続は、トラストを強化していると強調される。第三者へのデータ移転を、利用者は同意ボタンを押すだけでなく、自ら移転元と移転先を指し示し、認証情報を打ち込むという形で意思表明している。この明確な同意に基づく信頼に相当な価値があると筆者は考えており、当社における家計簿サービスでは、利用者自身のデータが家計簿上に正確にコピーされたことを確認し、自動分類されるのを見た瞬間が、利用者にとっても有料サービスへの支払いへと動きやすいタイミングとなっている。これはトラストの実践例として胸を張れる例と考えている。
このようなサービスは金融機関自らも提供可能である。だが、ソフトウエア産業の多くがそうであるように、専門的なプレーヤーや、他の機能との融合ができる第三者のほうが、革新的な体験をつくり出せるのがテクノロジー業界の常である。家計管理を例にとれば、家計の予算や、クレジットカードの引き落とし額、家族の他の情報を集約していること、といった要素があればより高次のアドバイスを提供することができる。