DXによる価値実現の第一歩は、エンドユーザー視点を意識することにある。そのためには、エンドユーザーの姿を具体的に捉えるとともに、現場の社員に権限や機会を与え自覚を与えることが求められる。
デジタル技術を活用して企業のビジネスモデルを抜本的に変えていくデジタル変革(DX)。企業はDXを推進するうえで、社内またはITベンダーにいるIT技術者にどう活躍してもらい、そのために何をすべきか。
本特集では、IT人材のスキルとキャリアを調査研究するNPO法人ITスキル研究フォーラム(iSRF)が毎年実施している、ITエンジニアのスキルと意識を調べる「全国スキル調査2022」(有効回答数753人)の調査結果から、DX実現に向けたIT技術者活用の要諦を明らかにする。
IT技術者において特徴的な思考や行動特性について調査結果を基に明らかにしつつ、IT技術者たちが最大限活躍できるようにするために経営層や管理職はどのようなことに取り組むべきなのかを提言したい。
調査にあたり、事業会社などでのDX推進責任者から構成される本特集の執筆メンバーで議論を重ね、企業のDX推進に必要な3つの課題仮説を導いた。具体的には(1)IT技術者がエンドユーザーの視点を持つこと(2)IT技術者の確保と活躍のための環境を整えること(3)IT技術者だけでなく経営層・管理職・社員の全員がIT技術やDXについて学ぶこと、である。
まず、我々が3つの仮説を持つ背景となった現状分析について説明する。
IT技術者がDX経営の要に
DXがビジネス上の価値を生むには、デジタル技術がビジネスに効果的に実装される必要がある。だが、社内のユーザー部門は必ずしもITに明るいとは限らない。いくら現場発でDXの良いアイデアが出てきても、社内にアイデアの実装力がなければ新たなビジネス価値を実現するのは困難だ。
加えて、Webやスマートフォンアプリで提供されるサービスをはじめとして、ITの技術は世界中から日本市場に入っており、消費者は既にITの提供する洗練された体験に慣れている。
十分に目の肥えた消費者を満足させて競合との競争にも打ち勝つには、エンドユーザーの視点に立つことができ、かつ現代的で洗練されたユーザー体験を可能にするプログラミング技術を具備したIT技術者の存在が不可欠である。企業が優れたITスキル人材を獲得・維持し、効果的に働いてもらうことがDX経営の要の一つとなる。
次に、DXにおける経営者や管理職の役割を考えてみよう。経営におけるIT活用の歴史は決して順風満帆なものではなかった。
例えば、1970~80年代の米国では徐々に情報化投資が進みつつあったが、生産性上昇率は長期的に停滞していたことが観察されている。IT投資が生産性の向上に結びつかないことの謎は「ソロー・パラドックス」と呼ばれ論争となった。その後、IT投資が生産性向上の効果を発現するまでに10~20年のタイムラグが存在していたことが確認されている。
現代の企業がDXに投資する際も同様のタイムラグが存在すると仮定した場合、経営者はDX投資に対してなかなか効果が表れない逆境や、周囲の反対の声に直面することになる。経営者は、それらに負けない強い意志と覚悟を持って投資を続けられるだろうか。
IT分野で我が国が決定的な後れを取ってしまった歴史を踏まえるなら、それでも投資を続けるべきだろう。経営者が「自分はITに対して素人だから」などと、ITを学ぶことやIT技術者の気持ちを理解することを諦めてしまっては、DX投資へ強い意志と覚悟を持ち続けることは難しいと言える。
まずは、DX推進に向けた第1の仮説である「IT技術者のエンドユーザー視点」に着目し、調査回答者のエンドユーザー視点に関する現状と、そうしたエンドユーザーにつながる要因について、調査結果を基に分析した。