2023年は日本にとっての「量子コンピューター元年」になる。国産ハードウエアの実機が初めて稼働するからだ。量子コンピューターの開発は米IBMや米Google(グーグル)などが先行するが、日本も追い上げを図る。量子コンピューターの構成部品には日本の中小企業の製品が多く使われていることも見逃せない。本特集は、現在最も開発が進んでいる超電導方式に焦点を当て、量子時代到来のカギを握る技術に迫る。
超電導量子コンピューターは極低温での動作やノイズ耐性など、様々な特殊で高い性能を各部品に要求する。マイクロ波信号を部品や機器に伝えるケーブル、それらをつなぐコネクターも例外ではない。職人技やノウハウを持った日本企業が素材や加工方法に試行錯誤を重ねている。
部品 | 部品の役割 | 日本の企業や研究機関 | 海外競合 |
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超電導量子ビットチップ | 演算素子である超電導量子ビットを搭載 | 理化学研究所、富士通 | 米IBM、米Google、中国アリババ集団など |
制御装置 | 量子ビットの制御や読み出しなど | 大阪大学、キュエル | 米Keysight Technologiesなど |
低雑音アンプ | 量子ビットの信号を低ノイズで増幅 | 日本通信機 | スウェーデンLow Noise Factory など |
低雑音電源 | ノイズの発生を抑えながらアンプなどの部品に電源を供給 | エヌエフ回路設計ブロック | |
配線ケーブル | マイクロ波信号を伝送 | コアックス | |
配線コネクター | 各部品や温度帯をまたぐ配線などを接続 | 日本航空電子工業、川島製作所 | |
希釈冷凍機 | 量子ビットが動作する極低温環境をつくり出す | アルバック・クライオ | フィンランドBluefors、英Oxford Instrumentsなど |
超電導量子コンピューター向けの希釈冷凍機で圧倒的な存在感を持つフィンランドのBluefors(ブルーフォース)。同社向けのケーブルでは「100%近いシェアを持っている」と話すのは横浜市にあるコアックスの開発・技術部に所属する笠井荘一氏だ。絶対零度に近い10ミリケルビン付近から室温までのマイクロ波信号の送受信に用いる同軸ケーブル全般を開発・製造する。
超電導量子コンピューター用ケーブルの役割はマイクロ波信号の送受信だが、加えて希釈冷凍機で極低温に冷やした環境に熱を持ち込まないことも求められる。そのためコアックスは、希釈冷凍機内部に配線するケーブルには熱伝導率の低いキュプロニッケルやステンレス、ベリリウム銅などを用いる。
希釈冷凍機内の極低温域では、特定の金属や化合物などの物質を冷却したときに電気抵抗が0になる超電導現象を利用した超電導ケーブルを用いる。コアックスは超電導体として広く利用されるニオブチタンを直径1ミリメートル以下にまで引き伸ばしてケーブルを製造する。だが「ニオブチタンはもろく伸ばしにくい。パイプ状に加工したものは弊社が作るまで手に入らなかったのではないか」(笠井氏)と話す。
ケーブル界の「駆け込み寺」の試行錯誤
ケーブルに必要な性能の1つがどこを切っても形状が均一であることだ。コアックスはケーブルの製造に、素材を細い穴の空いた金型に通す「引き抜き加工」と呼ばれる方法を用いる。品質を均一にするには一定のスピードで素材を引き抜き続けることが重要だが、ニオブチタンの場合は材料がもろいため途中で切れてしまうなどの問題が生じるという。
コアックスは引き抜きに用いる機械や金型のほか、潤滑油を試行錯誤することで安定した引き抜きを可能にした。特に潤滑油は「仕上がりに大きく影響を与える要素で、改良に非常に苦労した」(笠井氏)という。
ケーブルのもう1つの重要な性能がやわらかくしなやかであることだ。やわらかくしなやかであることで自由度が高く効率的な配線が可能になる。一方でニオブチタンをはじめとしたもろく硬い素材は、曲げに対する耐性が低く折れやすい。この点でもコアックスは「当社の製品はどこよりもやわらかいはず」(同)と自信を見せる。
ニオブチタン製ケーブルの柔軟性を確保するため、コアックスはニオブチタン材の熱処理条件について「何度も試行錯誤を繰り返し、量産性も担保しつつ狙った硬さに仕上げる技術を身につけた」(同)という。
コアックスは特殊で高性能なケーブルの開発・製造力が強みだ。これまで航空機のレーダーや防衛産業、携帯電話といった無線通信業界向けのほか、超電導ケーブルでは天文台や原子・分子の粒子の質量分析向けなど様々な用途に特注ケーブルを1本から納めてきた実績を持つ。いわば知る人ぞ知るケーブル界の「駆け込み寺」だ。