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 「半導体サプライチェーンを、価値観を共有する同盟国や同志国・地域で完結させる」(自由民主党 半導体戦略推進議員連盟会長の甘利明氏)

 先端ロジック半導体を巡り、米国主導の新たなサプライチェーンが形成されようとしている。参画を見込むのは、日本や欧州、台湾といった国・地域である。前工程から後工程までの半導体サプライチェーンを信頼できる国・地域で完結させる。米国としては、地政学的なリスクをなくし、対中半導体規制の強化にもつなげたい考えだ。

 具体的には、2重のサプライチェーンを構成する。まず「小さな枠組み」として、それぞれの国・地域が半導体の量産拠点を設ける。さらに「大きな枠組み」として、国・地域同士が連携して先端ロジック半導体などを製造する(図1)。

図1 米国が目論む「新たな半導体サプライチェーン」
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図1 米国が目論む「新たな半導体サプライチェーン」
(出所:複数の取材を基に日経クロステック作製)

カギを握る台湾TSMC

 それぞれの国・地域での量産拠点設立に大きく関わるのが、台湾TSMC(台湾積体電路製造)である。同社は日本の熊本県菊陽町に、成熟品の22n~28nmプロセスの半導体量産工場を建設中である。ドイツでも22n~28nmプロセスの量産工場の検討を進める。米国では2022年12月、先端の3nm世代プロセスの半導体量産工場建設を開始した注1)

注1)なお、22n~28nmプロセスはクルマ向けのマイコンやセンサー用途などに使われ、3nm世代プロセスはスマートフォンやデータセンター、軍事など幅広い用途に使われる。

 なぜTSMCは量産拠点の海外進出を進めるのか。「経済合理性がない」(インフォーマインテリジェンス シニアコンサルティングディレクターの南川明氏)という指摘があるように、工場設立・運営にかかるコストや人材は甚大だ。TSMCとしては、ある程度経済合理性に合わなくとも、大口顧客である米Apple(アップル)や米Advanced Micro Devices(AMD)、米Qualcomm(クアルコム)、米NVIDIA(エヌビディア)といった米国企業などが抱える地政学上の懸念を解消しておく必要があるのだろう。

 台湾は先端ロジック半導体の世界シェアで約9割を占める注2)。量産拠点が1カ所に集中している状態は、地政学的リスクがあまりにも高い。先に挙げた企業にとっては台湾有事で先端半導体が入手できなくなるリスクは避けたい。

注2)ここでは、10nmプロセス以降を「先端ロジック半導体」と指している。米Boston Consultingと半導体業界団体である米Semiconductor Industry Associationが2021年に公開したレポート「Strengthening the Global Semiconductor Supply Chain in an Uncertain Era」による。

 実際、TSMCのCEO(最高経営責任者)である魏哲家氏は、同社の熊本工場設立について、2022年12月に台湾で開催されたセミナーで「重要顧客であるソニーグループ(ソニーG)と、そのソニーGの顧客であるアップルの要求によるもの」といった趣旨のことを述べたと複数の台湾メディアが報じている注3)。各国政府の巨額の補助金も相まって、海外工場設置を加速させている状況である。

注3)実際には顧客の名前は明かしておらず、「TSMCにとって重要なサポートしなければならない顧客が日本におり、その顧客は、当社の重要な顧客のサプライヤーでもある」と語ったようだ。

 米国企業がTSMCに米国工場や日本を含む海外の工場を作るように働きかける背後には、米国政府の戦略があることは自明である。「TSMCの熊本工場設立にも、米国政府の意向が大きく働いている」(南川氏)。このように米国がTSMCの海外戦略を支援する背景には、信頼できる国からそれ以外の国へ半導体関連技術の流出を防ぐ目的もある。

 人材、製造拠点、研究開発拠点は、先端の工場周辺に引き寄せられる。日本は半導体製造装置・材料に強みがあるが、国内に先端半導体の量産拠点がない現状では、いずれこうしたリソースは海外に散逸していくだろう。同盟国でサプライチェーンを完結させたい米国としてもこうした事態を避けたい考えがある。

 このことは同盟国の日本や欧州にとってもメリットがある。日本にはソニーGやデンソー、欧州にはドイツInfineon Technologies(インフィニオン・テクノロジーズ)やドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン)といった顧客がいるため、TSMC進出への要望の声は大きい。日米欧は半導体量産拠点があることで、各国の強みを生かしながら、経済安全保障の観点から安定的な供給が望める。

「米中半導体摩擦」と「多国間協力の必要性」

 米国が半導体サプライチェーンを主導する大きく2つの理由がある。(1)中国を先端半導体製造から締め出すため、(2)先端ロジック半導体の量産は一国では賄えず多国間の協力が不可欠だから、である注4)

注4)第3の理由として、2020年に深刻化した半導体不足の影響もありそうだ。世界における半導体サプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく)性が浮き彫りになったことから、サプライチェーン強化に動いたというわけだ。