「目標は世界最軽量で、軽さを追求する。持ち運びができてスマートフォンのように気軽に使えるという提案を通じて、日常にXR*1の世界を持ち込みたい」(シャープ通信事業本部新規事業推進部課長の岡本卓也氏)
シャープは「CES 2023」(2023年1月5~8日、米国ラスベガス)で、軽量性と高精細映像を両立した、メガネ型のVR(仮想現実)用ヘッドマウントディスプレー(HMD、ゴーグル)のプロトタイプを出展した(図1)。重さは約175g(接続用ケーブル除く)。バッテリーは搭載せず、USB Type-Cケーブルでスマホに常に接続して計算処理をスマホに委ねることなどによって、業界最軽量クラスを実現した。
現状はプロトタイプなので精緻な比較はできないものの、175gという重さは、VR用HMDで最も人気が高いスタンドアローン型の「Meta Quest 2」(米Meta Platforms〔メタ・プラットフォームズ〕)の503gと比べて大幅に軽い。プロトタイプと同様、スマホに接続して使う台湾HTCの「VIVE Flow」の189g(接続用ケーブル除く)と比べても軽量である。
開発を手掛けたシャープの岡本氏は、「既存のHMDは装着の負担が大きいため、多くの人にとって常用のハードルが高い。そこで、移動中や仕事の休憩中などに1~2分間VRコンテンツを楽しんで、すぐ外すようなライトな使い方を想定して開発した」と語る。
これまで一部の人たちのものだったVRの世界を広げるためには、HMD装着時の負担を軽減することが不可欠で、そのためには本体をなるべく軽くしつつ、メガネ型でどうフィット感を出すかがカギになるという。「頭部で固定するバンド型は高いフィット感を得られるが、髪形が崩れる原因になるため、それを嫌がる女性も多い。一方、メガネ型にはその欠点がないが、頭の形は人によってさまざまなのでフィット感をどう出すかは製品化に向けた今後の課題」(岡本氏)としている。
もちろん、プロトタイプは単に機能を削ることで軽量化を追求したわけではない(図2)。例えば、液晶ディスプレー(LCD)は片目で2K、1200ppi(ピクセル/インチ)と高精細で、120Hz駆動の自社製のVR用を採用している。両目で4Kは、ハイエンドHMDの標準クラスと同等の解像度だという。また、素早いピント合わせとピント調整時の画角の変化で発生する「VR酔い」を軽減するRGBカメラモジュールを搭載している点も特徴の1つである。
さらに、加速度・ジャイロセンサーと2個のモノクロカメラでユーザーの体の位置や傾きを把握するほか、モノクロカメラで装着者の手の動きを認識してVR上の操作に反映する「ハンドトラッキング機能」にも対応する。操作用のコントローラーがなくても直感的な操作ができるという。
肝は3種類のレンズ
今回のコンセプトモデルの開発は、シャープのスマホ開発の部隊が手掛けた。同社が保有する内製技術を活用しながら、得意の小型・高密度実装技術を駆使して、現状での最軽量クラスを実現したという。
内製技術で特に注目されるのが、2018年にシャープの傘下に入ったカンタツ(東京・品川)のレンズ技術である。同社は携帯電話機やスマホ用のマイクロレンズの大手で、シャープのほかに、米Apple(アップル)や中国の大手メーカーを顧客に持つことで知られている。
今回カンタツは、このプロトタイプ向けに新たに3種類のレンズを設計し、シャープと共同でカメラモジュールを開発した。(1)網膜に焦点を合わせるためにディスプレーと目の間に配置する薄型レンズ(パンケーキレンズ)、(2)HMDの正面に搭載して外界を撮影するRGBカメラ用レンズ、(3)プロトタイプにはまだ載っていないが視線検出用の超小型カメラ用のレンズ、である。
まず(1)のパンケーキレンズについては、レンズを2枚使用して薄型化を実現しつつ、光の利用効率が40%と比較的高いのが特徴である(図3)。レンズを2枚使用するパンケーキレンズは、メタ・プラットフォームズの上位機種「Meta Quest Pro」も使っているが、こちらは光の利用効率が25%程度とカンタツはみている。
カンタツでは、同社の特許技術である2枚のレンズによる光の反射のさせ方を工夫することで利用効率を高めた。これによってHMDの消費電力が下がるほか、同じ持続時間ならバッテリー容量を減らすことで軽量化に貢献できるとしている。レンズのサイズは、直径は39.4mmで、厚さは視度調整機能付きで20.6mm。厚さは他社製と同等、もしくは1mm程度大きいとしている。
ポリマーレンズでオートフォーカス速度10倍
(2)のレンズを搭載するRGBカメラは、現実世界の周囲の様子を映像として取り込んでカラー表示する「カラースルー映像表示」や、VR空間上の一部に現実世界の周囲の映像をウインドー表示する「ポップアップ映像表示」を実現するために搭載する。このカメラのレンズとして「ポリマーレンズ」を採用し、超高速オートフォーカスを実現した。
従来のHMDでは、RGBカメラのオートフォーカスにVCM(ボイスコイルモーター)を使っていた。今回、VCMの代わりにポリマーレンズを使うカメラモジュールを開発した(図4)。ポリマーレンズは、ポリマーに接したガラスの薄い基板に電圧をかけてガラスを変形させ、それによってポリマーの厚みを変化させてピントを合わせる仕組みである。
VCMでは一眼レフカメラのレンズのようにイメージセンサーとレンズの位置関係が変わるのに対して、ポリマーレンズはポリマーの厚みが変化するだけなので、オートフォーカスにかかる時間が1ミリ秒と短い。これはVCMの約10倍の速度である。
さらに、ポリマーレンズではVCMと異なり、ピントの位置が動いても画角(映る範囲)が変わらないため、HMDで問題になるVR酔いが起こりにくいのも大きなメリットだ。カンタツはシャープに対して、開発したポリマーレンズのスマホのフロントカメラへの搭載を提案しているという(図5)。