モダナイゼーション案件を数多く見てきた筆者の経験を基に、実際に起こりうる問題や現場の葛藤を架空の「事件簿」として紹介する本連載。今回は、自動車用品の販売を担う流通会社A社のレガシーシステムのモダナイゼーションで起こった事件を紹介する。
主体性を失ったシステム部がレガシー脱却に踏み切れない
ツール検討や移行性確認のためのPoC(概念実証)にいつまで社員の工数と費用をかけているんだ。君はPoC番長だな――。自動車業界が100年に一度の変革期にある中、メインフレームの更改期限まであと3年と迫る2023年。システム部長の検討状況を聞かされた社長のあきれた声が会議室に響いた。
というのも社長は次のような危機感を持っていたからだ。「政府が新車を2035年までにすべて電動車(電気自動車やハイブリッド車など)にしようとしている。そうした中、エンジン車をターゲットにした従来の自動車用品の販売そのものが大きく変わることは社員も販売店もわかっているはずだ。仕入れ先のメーカーからは、販売の現場で起こっていることや今後の売れ筋、SNS(交流サイト)での利用者の評判についてフィードバックを求められている。現行のシステムでは対応しきれないことはシステム部長が一番わかっているのではないか」
システム部は基幹業務システムを安定稼働させる責任がある。だがメインフレームメーカーが事業撤退を発表したため、3年後にメインフレームを更改しても将来的には必ず脱却しなくてはならない。日本では2022年の時点で電動車の割合が半分程度で、ビジネスをどこまで変えるかを決めきれないのは事実。それでも、社長はシステム部門のIT技術者にデジタル人材として新しいビジネスを創出してほしいと期待していた。
「ご期待に応えたいのですが、システムの中身がわからなくなっているのです」。システム部長は社長に弱々しく答えた。
1950年代以降、国内の大手自動車メーカーは順調に販売台数を伸ばし続けた。この恩恵を受けて自動車用品の販売会社も業績を拡大し、1980年代になるとメインフレーム上でCOBOLを使って業務をシステム化するようになった。
ところが1990年前後をピークに自動車の販売台数は減少。これに伴って、A社もシステムを再構築できないままコスト削減を目的としてベンダーに保守・運用をアウトソーシングしてしまった。このため、現在のシステム部の担当者は、業務もシステムもよくわからない状況に陥っていた。
これまでメインフレームから脱却するチャンスは2回あった。1つはコンピューターの動作に何らかの異常が発生する可能性が取りざたされた「西暦2000年問題」のタイミング、もう1つは団塊の世代が引退するため事業の継続性が危ぶまれた「2007年問題」のタイミングだ。これらの時期にメインフレームからの脱却を検討したが、既得権益を守りたいメーカーやアウトソーサー(外注先)の思惑で、メインフレームを温存する結果になった。