患者の診療情報などの医療データは、プライバシー性が高い一方で、二次利用が進むことによる社会的・経済的なインパクトは大きい。患者の診療情報を収集し分析、創薬や新治療法開発に役立てる――。2018年に施行された次世代医療基盤法はそんな構想から生まれた。ただ、この法律に沿った制度の使いにくさが指摘され、期待通りには進んでいない。
同法は施行後5年で見直しが規定されているため、制度を使いやすくすべく、2023年の通常国会に改正法案が提出される見込みだ。医療データ活用を加速させるのが狙いだ。製薬会社や研究機関は医療データがより扱いやすくなるほか、新薬の薬事承認を得るために日常診療で生まれる医療データを活用できるようになる。ただ、そのためには2つの壁がある。
医療データを活用する事業者をどう認定するか
1つ目は、製薬会社など事業者を国がどうガバナンスしていくかという課題である。法改正によって、これまでよりもよりデータ活用しやすい形で患者が特定できないように医療データを加工する制度を新設。その医療データを活用する事業者を国が新たに認定し、適切な安全管理措置が取られるようになる見込みだが、その具体的な内容はまだ詰め切れていない。
次世代医療基盤法に基づき、これまでは医療機関などが保有する、患者の診療情報をはじめとする大量の医療データを「匿名加工」して製薬会社や研究機関に提供、創薬研究などに活用してきた。事業者は、患者個人を識別できないように匿名加工した「匿名加工医療情報」を利用するが、同じ患者の診療履歴を追いにくかったり、新薬の薬事承認申請でデータを利用できなかったりする課題が指摘されていた。
そこで改正法案では、「仮名加工医療情報」を活用する制度を新たに創設する。仮名加工医療情報とは、患者の氏名やIDを削除するなどして個人を特定できないよう加工した情報で、特異な値などの削除はしなくていいとするものを指す。他のデータと連結が可能になるこの制度で、膨大なコストがかかる臨床試験に代わり日常の診療で生まれる医療データを活用して新薬の薬事承認を取得できる可能性が出てくる。
仮名加工医療情報は、他のデータベースと照合するなどして、患者の情報を連結したり、患者本人を特定することができたりする可能性がある。そのため、仮名加工医療情報を利用する事業者には、適切なデータの安全管理措置を取ることが求められる。そこで、国は仮名加工医療情報を活用する製薬企業などを「認定利用事業者」として新たに認定することでガバナンスを効かせる計画だ。
ただ、どんな認定利用事業者が医療データを扱えるようになるのか、そもそもどういう水準の審査基準で事業者を認定するのか、専門家や事業者など関係者の議論は分かれる。
「認定利用事業者を企業単位で認定することは(ガバナンス上)現実的ではない。その社内のどういう人が利用できるかという縛りが必要だ」「認定(する基準)が厳しすぎると(医療データが)使いにくくなる」――。
2022年12月27日、次世代医療基盤法の改正を議論する、政府の健康・医療戦略推進本部健康・医療データ利活用基盤協議会次世代医療基盤法検討ワーキンググループでは、認定利用事業者の在り方を巡って議論が交わされた。
「仮名加工医療情報はデータの突合がしやすくなり、患者本人を識別できるようになる可能性がある。認定利用事業者にどれだけ適切な規律をかけるか、またその規律の実効性があるかどうかが肝になる」と同ワーキンググループ座長を務める東京大学大学院法学政治学研究科の宍戸常寿教授は説明する。
規律の実効性については、例えば仮名加工医療情報からの患者本人識別を禁止した場合、仮に事業者がデータ活用の過程で本人識別をしていても、外部からはその事実を検証できないのではとの指摘もある。一方で、認定利用事業者の認定基準を厳しくしすぎると、データ活用が進まず本末転倒になる可能性もある。
具体的な認定利用事業者の条件や規律については、今後法改正後に政省令などで規定される見込みである。