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 虐待や貧困などの困難な状況に直面する子どもの発見に、地方自治体などが保有するデータを活用しようという動きがある。しかし、こうしたデータはプライバシー性が高く、活用においてはデータを慎重に扱うためのガバナンスやデータ基盤の整理が必須だ。

 厚生労働省が公開する「児童相談所での児童虐待相談対応件数」は右肩上がりで、2021年度の20万7659件は過去最高だった。その要因を同省は、虐待相談窓口の普及によって本人や親戚、近隣の知人などが通告し、その件数が増えたという見解を示している。ただし子どもの生活や家庭などの事情については実態が見えにくく、これでも一部だけという可能性がある。

 こうした課題に対応するため、2021年11月からデジタル庁主導で「こどもに関する情報・データ連携副大臣プロジェクトチーム」を開催。自治体内の各部局や児童相談所、医療機関、学校などでバラバラに管理されている子どもに関する教育・保育・福祉・医療などのデータを、分野横断的な活用や個人情報保護に配慮しながら、真に支援が必要な子どもや家庭を見つけて、ニーズに合ったプッシュ型の支援を届けることを目指す。

 現在は、実証を通じて子どもに関するデータを様々なシステムと連携する在り方や活用方法、法律面・倫理面での整理などを検討・議論している段階だ。2022年度は、デジタル庁を中心に先行的に取り組む自治体の実証から課題を抽出している。

 実証には7つの地方自治体と関連団体が参加する。データ基盤構築における実務的な取り組みでの課題や、2023年4月1日から施行される改正個人情報保護法への対応などの課題を抽出したり、検証したりするものだ。先進事例として兵庫県尼崎市と埼玉県戸田市の取り組みを見ていく。

尼崎市、きめ細かい条例や規則を基に新統合システム構築へ

 先行している自治体の1つが尼崎市だ。同市は「すべての子どもが健やかに育つ社会の実現」を目的とし、2019年に「子どもの育ち支援センター(通称:いくしあ)」を設立した。このためのデータ基盤構築に当たり、同市では2018年に「尼崎市子どもの育ち支援条例」を改正し、「尼崎市子どもの育ち支援条例第18条に規定する情報を定める規則」を新たに設けた。規則では連携する情報を具体的に示す。

 尼崎市では、虐待や不登校に関する問題の解決に向けた施策を講じてきた。その取り組みの1つがいくしあだ。0歳からおおむね18歳までの子どもを対象とし、相談に対して福祉や保健、教育分野などを連携させて総合的な支援をする。例えばいくしあの総合相談窓口では、児童虐待や発達相談、不登校などの相談ができ、その後の問題解決においては、病院や福祉センター、保健所などの様々な専門機関と連携する。

 部局や機関を超えた包括的な支援を実現するには、子どもを取り巻くデータの連携が必須だった。そこで、住民記録システムや保健衛生システム、障害福祉総合システムなど合計8つのシステムのデータを1つの基盤に集約し、2019年4月に複数の部局が保有する子どものデータを連携した「子どもの育ち支援システム」を構築。改正した条例と創設した規則を基にしている。2022年4月にデジタル庁が採択した実証に向けては、同規則において、教育に関するデータ項目と分析機能について追記する準備を進めている。

 幼稚園などの入退所日や健診未受診の情報、遅刻・早退・欠席、身長体重測定とう歯(むし歯)本数、DV(ドメスティックバイオレンス)相談履歴などを評価し、虐待やいじめ、不登校などの問題を抱える可能性が⾼い⼦どもを⾒つけるために役立てる計画だ。

 実証では既存の子どもの育ち支援システムと教育システムのデータを連携した新たな統合システムを構築する。データ連携の目的は、プッシュ型の見守り支援事業の実現だ。

尼崎市が実証で構築する新統合システムの概要
尼崎市が実証で構築する新統合システムの概要
(出所:尼崎市の資料を基に日経クロステック作成)
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 プッシュ型支援をするためには、倫理的な方針の策定や現業務の客観的な整理が必要だ。尼崎市いくしあ推進課の東和幸課長は「どのデータ項目を新システムに取り込み、項目ごとの点数の基準をどう決めるかは慎重に行う必要がある」と難しさを語る。