上を向き、歯科治療を受ける1人の患者。よく見ると、ヘッドマウントディスプレー(HMD)を装着している。HMDで見ているのは、日本のスタートアップであるxCura(エクスキュラ、福岡市)が開発した「TherapeiaVR(セラピアVR)」だ。VR(仮想現実)によって、治療中の痛みや不安を和らげるという。テクノロジー見本市「CES 2023」(2023年1月5~8日、米国ラスベガス)では視覚や聴覚、嗅覚といった五感を活用したヘルステックが数多く登場した。
VRによるリラックス効果で治療中の痛みを軽減
セラピアVRで提供するコンテンツは、例えば次のようなものだ。美しい林道の風景が広がる中、「木々の成長に合わせて呼吸をしてみましょう」と声が聞こえる。「木々が大きくなるときに息を吸って」「木々が小さくなるときに息を吐いて」というナレーションに合わせているうちに、自然と呼吸のリズムが整っていく。こうしたリラックス効果によって、鎮静剤や麻酔を使わずに痛みや不安を和らげる。
例えば親知らずを抜く際、患者が恐怖心からえずいて作業が進まないために鎮静剤を利用するケースがある。その場合は患者が自費で5万円ほど支払う必要があり、治療完了後に覚醒するまで2時間ほど待機しなければならなかった。セラピアVRで不安や恐怖心を抑えて治療できれば、費用や身体面での患者の負担を減らせる。また、医療機関にとっては治療時間と患者の待機時間を短縮できるので効率的に診療できるメリットがある。
xCuraは2022年12月からセラピアVRの販売を始めた。試験的な導入を含めると、歯科医院に加えて医療脱毛や胃カメラ、透析治療の場面などでの利用実績がある。2023年春からは、尿道にカメラを入れる際の不安や痛みを軽減できるかなどをテーマに複数の大学病院と共同研究を始める予定。「様々な診療科での展開が期待できる」とxCura CEO(最高経営責任者)の新嶋祐一朗氏は話す。
CESを主催するCTA(全米民生技術協会)は、CES 2023のメディア向け講演の中で、ヘルステック分野のイノベーション最前線の1つとして「VR」を紹介した。VRはフィットネスや術者のトレーニング以外にも、治療への応用が期待できるとした。まさにセラピアVRは、没入型の視聴コンテンツを通じた新しい治療体験に当てはまる。
VRを使った痛みや恐怖心の軽減については世界で研究や開発が進んでおり、麻酔の量を減らせたとの論文報告もあるという。製品の実用化も進む。米AppliedVRやフランスHypnoVR、ベルギーOncomfortなどがVRコンテンツで慢性疼痛(とうつう)や治療中の痛みを軽減する製品を開発しており、医療機器として販売している。