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 無類のクルマ好き──。トヨタ自動車に技術系の社長が誕生する。豊田章男現社長も太鼓判を押すクルマ好きであり、自身も「クルマづくりが好き」と公言する執行役員の佐藤恒治氏だ(図1)。量販車の部品の開発設計から高級車のプロジェクトリーダーである「チーフエンジニア」まで幅広い経験を持つ同氏が、トヨタ自動車の12代目社長に就任することになった。

図1 トヨタ自動車の新社長に任命された佐藤氏(左)
図1 トヨタ自動車の新社長に任命された佐藤氏(左)
若さとクルマ好き、さらにトヨタ自動車の所作を備えた人物であることから次の社長にふさわしいと豊田現社長(右)が評価した。(出所:オウンドメディア「トヨタイムズ」)
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 同社で技術系社長は珍しい。7代目社長(1992~95年)の豊田達郎氏以来、約30年ぶりともいわれる。だが、現場で部品レベルの開発設計からチーフエンジニアとして1台のクルマにまとめ上げるまでの、文字通りクルマづくりの全てを手掛けた社長は、佐藤新社長が初めてではないか(図2*1。いずれにせよ、生粋のエンジニア出身社長の誕生だ。

図2 佐藤新社長の略歴
図2 佐藤新社長の略歴
高級車「レクサス」のチーフエンジニアを経て、2020年から執行役員とLexus International Co.President、GAZOO Racing Company Presidentを務めている。2021年にはChief Branding Officerに就任した。(出所:トヨタイムズ)
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*1 トヨタ自動車の創業者で2代目社長の豊田喜一郎氏を除く。

 技術系社長の誕生を好意的に受け止める技術者は多い。その理由として「現場をよく知っているから」「技術者の気持ちを分かってくれるから」という声が挙がっている。「開発設計現場は厳しく、簡単には解決できないさまざまな問題を抱えている。その問題解決に取り組む技術者の悩みに真摯に応えてくれそうだ。そうした社長であれば、より良い解決策を見いだせる。少なくとも頭ごなしに『やれ』とだけ命じることはないだろう」とトヨタ自動車の関係者(以下、関係者)は新社長を歓迎する。

クルマ好きにしか分からない設計部分とは

 佐藤新社長のクルマ好きは、レースに臨んだり趣味で往年の名車をレストアしたりするほどだ。「クルマを造ることが大好き。だからこそ、クルマをつくり続ける社長でありたい」と新社長に任命された会見で語った(図3)。今のトヨタ自動車にとって社長がクルマ好きというのは、特に重要な意味があるという。

 実は、「トヨタ自動車の社員の中で本当にクルマ好きと言えるのはせいぜい3割ほどではないか」(同社OB)とみられるからだ。「技術者であってもクルマ好きとは限らない」(関係者)という声まである。同社は売り上げ規模が大きく経営基盤も盤石だ。そのため、クルマが好きか否かに関係なく、賃金や安定性を求めて入社する社員も少なくないというのである。

 開発設計出身の同社OB(以下、開発設計OB)は、開発設計者にとってクルマ好きであることが重要な理由をこう説明する。「クルマづくりには、自分がどのようなクルマをつくりたいかという『信念』が必要だ。それを持たない開発設計者が手掛けると、決められた仕様の通りにクルマを造るだけとなる。それでは凡庸でつまらないクルマが出来上がってしまう」と。クルマ好きの人間(開発設計者)には、そうした信念が備わっているというのである。

図3 レクサスLC500
図3 レクサスLC500
チーフエンジニア時代に佐藤新社長が手掛けたクルマ。(写真:トヨタ自動車)
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 もちろん、自動車の開発設計は要求仕様が固まってからスタートする。ところが、実際に開発設計を進めると「数値に表しきれない機能や性能がたくさんある。その部分を設計するのが真の開発設計者の腕の見せどころだ」(開発設計OB)。クルマは人間が操作するため、そのときに微妙な感覚の違いが生じる。その部分で(心地よさなどの)狙った感覚をもたらすように設計するには、クルマ好きの人間が持つ感覚が必要になるのだという。

 「最後は人間の感覚が勝負。そのさじ加減はクルマ好きにしか絶対に分からない」(開発設計OB)。実際、トヨタ自動車では数値に表しきれない感覚の部分をクルマ好きの人間が理解・判断し、それを周囲の設計者と共有して自動車を開発設計しているという。

53歳は若いか

 メディアが注目を寄せる佐藤新社長のもう1つの特徴は「若さ」だ。豊田現社長は「正解が分からない時代に変革を進めていくには、トップが自ら現場に立ち続ける必要がある。それには体力と気力と情熱が欠かせない。若さは大きな魅力だと思う」と会見で述べた。

 豊田現社長が社長に就任したのは53歳。佐藤新社長も同年齢での社長就任となる。だが、これまで創業家以外の社長就任は60歳以上が半ば“慣例”となっていた。豊田現社長が2020年に副社長ポストを廃止する大掛かりな組織体制の変更を打ち出した後、2022年には50歳代の副社長を3人誕生させていた(図4)。これで副社長クラスの若返りを図ったわけだが、今回はさらに社長の若返りまでを既定路線とした感がある。

図4 今回の若い新社長を生み出した組織階層の変化
図4 今回の若い新社長を生み出した組織階層の変化
トヨタ自動車が2020年に打ち出した施策。当時、副社長ポストをなくして話題となった。上が従来の組織体制、下が新しい組織体制。新しい組織体制では、課長から社長までの階層を従来の7から4まで減らした。若い執行役員が誕生しやすくなる。(作成:日経クロステック)
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 それでも、現場視点に立つと決して若くはないという見方もある。「40歳代なら若いと言えると思う。章男さんなら、もっと若い人を社長にしたいと考えていたかもしれない」(関係者)といった意見すらある。開発設計OBは「50歳代は最も脂が乗っているとき。これからのトヨタ自動車には適した年齢ではないか」と語る。

 開発設計の現場で53歳といえば、もうすぐ役職定年を迎える年齢。「あの人に聞けば何でも分かる」という超ベテランの域に達している。いろいろな所に顔が利き、皆に頼られる。そのため、「この年齢で社長に就任すると、社長としては動きやすいだろう」(開発設計OB)という見方もある。

新社長にとっての課題は何か

 では、クルマ好きでクルマづくりを知り尽くした佐藤新社長が直面する課題は何だろうか。世界一の自動車メーカーの社長として好調な業績を維持することはもちろんだが、他にも挑むべき課題がある。それは、豊田現社長でも解決できなかった2つの課題だ。

 その課題の1つは、国内生産台数の確保である。